『月陽炎~真章・銀恋歌~』-20
21 『あ……』
神社から少し離れた場所まで来ると、柚鈴は不意に足を止めた。
立ち止まったまま、身動きひとつしなくなる。
『おや……どうしたんです?』
様子がおかしいことに気付いた悠志郎が顔を覗き込むと、柚鈴は生気のない瞳で呆然と前方を見つめていた。
その視点の先を辿ると、ひとりの妙な男が袈裟と笠に身を包み、こちらに歩いて来るところであった。
しゃん……しゃん……。
男の手にした錫杖の鳴る音が微かに聞こえてくる。
『や………』
『柚鈴……?どうしたのです、柚鈴っ!?』
悠志郎の腕を掴んだままの柚鈴の手が、ぶるぶると小刻みに震え始める。そのただならぬ様子に、悠志郎は柚鈴の正面にまわると肩に手を掛けて呼びかけた。
しゃん……しゃん……。
柚鈴は焦点の合わない瞳で前を見つめたまま、悠志郎の言葉に反応も示さない。
『柚鈴ちゃん……?』
双葉も彼女の異変に気付いて声を掛ける。
が、次の瞬間…。
『いやあぁぁっ!!』
柚鈴は再び悠志郎の着物の袖を掴んで悲鳴を上げると、そのまま意識を失うように、かくんと腕の中に倒れ込んできた。
『柚鈴っ!?』
慌てて抱え込むと、既に柚鈴は意識を失っていた。
しゃん……しゃん……。
男が近付いてくる。
修業の僧なら通行人に挨拶くらいはするはずなのに、男はまるで悠志郎たちが目に入らないかのように無言で通り過ぎていく。
笠の中は暗く、どのような顔だちをしているのかは全く分からなかったが、その男が横を通過した瞬間、背筋になにか冷たいものが駆け抜けていった。
……笑った?
男は確かに笑っていた。悠志郎が慌てて振り返ると、僧形の男は何事もなかったように錫杖を鳴らしながら去っていく。
その背中からは、何故か禍々(まがまが)しいものが感じられるかのようであった。
『悠志郎さん……柚鈴ちゃんは、どうしたんですか?』
『双葉……さん……』
『それに……なんだか、悠志郎さんも怖い顔をしています』
言われてみると確かに顔が強張っていたようだ。額からは大量の冷や汗が噴き出している。
悠志郎は柚鈴を抱えたまま、片手の袖で汗を拭った。
その時…。
柚鈴の懐から、ころりと琥珀色をした石が転がり墜ちる。
拾い上げてみると、どうやら首飾りのようであった。
……柚鈴が首飾りをしているところを見たことがないな。
『悠志郎さん?』
『あ、いえ……なんでもありません』
綺麗な琥珀色の首飾りに思考を奪われていた悠志郎は、双葉の言葉で現実に戻ると、とりあえず拾い上げた首飾りを懐に入れて、柚鈴の身体をそっと抱え直した。
『双葉さん……柚鈴が人と出逢った時、気絶までしたことはありましたか?』
柚鈴を見つめていた双葉は、悠志郎の質問にゆっくりと首を振った。
『いつもなら脱兎の如く逃げてしまいますから。でも……さっきは、なんだか蛇に睨まれた蛙みたいに見えました』
『そうですか……』
一体、何が起こったというのだろう。
あの男と……何か関係があるのだろうか?
悠志郎はもう一度振り返ると、既に遠ざかり、小さくなった男の後ろ姿を見つめた。