『月陽炎~真章・銀恋歌~』-17
18 神社の境内まで戻ると一筋の煙が立ち上がっているのが見えた。
その周囲には鈴香や美月、双葉の姿まである。
どうやら、全員で落ち葉焚きを囲んでいるようだ。
悠志郎と柚鈴は頷き合うと、みんなの方へと向かった。
『わあっ、柚鈴ちゃんと悠志郎さんだぁ』
悠志郎たちに気付いた双葉が、ふたりに向けて大きく手を振る。
だが、なにか違和感を感じたように、その手が不意に宙で止まった。
『え……!?』
同じように振り返った鈴香も、普段の冷静な姿からは想像もつかないほどの驚いた表情を浮かべる。
『え……ど、どうしたの姉様?』
『だって柚鈴……悠志郎さんと……』
鈴香は唖然としたまま、並んでいる悠志郎と柚鈴の顔を交互に見比べた。
驚いているのは美月と双葉も同様であった。
ふたりともぽかんと口を開けて、悠志郎たちを見つめている。
『うん……もう、悠志郎さんは平気……』
『ほ、本当に!?こいつ悠志郎よ?柚鈴、分かってるの?』
信じられないという感じで美月が乗り出してきた。
『うん、もう大丈夫なんだ。ありがとう美月』
『はぁ……なんかわっかんないなぁ……』
笑顔で答える柚鈴を見て、美月は半ば呆れたように首を振った後、ふと何かを思いついたように、キッと悠志郎を睨みつけた。
『悠志郎!柚鈴になんか変なことしたんじゃないでしょうねっ!?』
『べ、別に何もしやしませんよ』
今にも蹴りが飛んできそうな雰囲気に、悠志郎は思わず後退った。
『美月、その言葉遣いについて、夕食の後にお話があります』
『ひぃんっ!ご、ごめんなさい姉様っ!』
相変わらず乱雑な言葉遣いの美月に、鈴香はふうっ……と溜め息をつくと、改めて柚鈴へと向き直った。
『柚鈴……本当に、もう平気なの?』
『うんっ』
『そう……よかった……』
鈴香は優しげな笑みを浮かべると、悠志郎に頭を下げた。
『悠志郎さん、ありがとうございます』
『いや、本当に私は何もしていませんよ』
謙遜ではなく、悠志郎自身はそれほどのことをしたわけではない。
すべては、柚鈴の努力の結果に過ぎないのだ。
『へぇ〜、でもすごいですねぇ。たったの数日間で……』
双葉はもう平気になったということを再認識するように、悠志郎と柚鈴の周りをグルグルとまわった。
『そういえば、双葉さんはいつの間に来ていたんです?』
『ちょっと前です。柚鈴ちゃんとお話をしようと思ったんだけど……』
『誰かさんが何処かに行っちゃうから、境内の掃除を手伝ってもらっていたのよ』
美月が口を挟むと、柚鈴は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
『ご、ごめんなさい……』
『ううん。気にしないで。楽しかったから』
楽しいという双葉の言葉に、美月は妙な顔をした。
彼女にとっては何かの罰で渋々やらされる掃除も、双葉にとっては新鮮な体験なのだろう。
『おや……?』
不意に母屋の玄関が開く音がして、葉桐が手に何かを持って外へと出てきた。
『葉桐さん、どうしたんですか?』
『みんなが揃ってるみたいだから、一枚撮らせてもらえないかと思って……』
悠志郎が訊くと、葉桐はそう言って写真機を見せた。
写真屋で見るような大型のものではなく、帝都でも持っている人が少ない小型のものだ。
葉桐にこんな趣味があるとは意外な感じであった。
『こんな機会は滅多にないから……あら?』
悠志郎と並んで立っている柚鈴の姿を見て、葉桐はきょとんとした表情を浮かべる。
『あぁ……ようやく懐いてくれました』
私は犬かなにかですか?と頬を膨らませる柚鈴に迫られて苦笑しながら、悠志郎は葉桐に経緯を語った。
『そうですか……。だったら、なおのこと。是非記念に一枚……』
『私は構いませんよ』
表情を和ませる葉桐に、悠志郎は愛想よく頷いて見せた。
過去に巷で流れた「魂を抜かれる」などという風聞は、とっくの昔になくなっている。
その場にいた全員に異存はなかった。
ただひとり無反応な鈴香に、葉桐は哀しそうな表情を浮かべる。
鈴香が葉桐のことを快く思っていないのは、いつぞやの話から悠志郎にも理解できた。