カピバラの彼氏-9
和史くんは、そのまま何とか身体を起こし、おそるおそる床に正座すると、そのまま額をそこにこすりつけた。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!! 本当は彼女がいたけど……茜さんのことも好きになってしまって……つい……」
土下座をしたまま顔を上げない奴の背中を眺めて、ため息が出る。
茜はこんなくだらねえ奴に身体を許したのか。
次に込み上げてくるのはなんとも言えない虚しさだ。
いくらかクールダウンした俺は「鈴木、離してくれ」と静かに言うと、奴はそっと抑えていた手の力を緩めてくれた。
もう、こんな野郎は殴る価値すらねえ。
再び和史くんの方に近づき、俺もしゃがみ込んで、まるまった背中をポンと叩いた。
すると、奴の身体が大きく強張る。
「彼女がいるけど茜のこと、好きになっちまったってこと?」
「……はい」
「じゃあ、その遠距離の彼女にいますぐ電話して別れてくれよ」
「え……?」
顔を上げた和史くんに、俺は眉一つ動かさない冷めた顔で、そう告げた。
目の前の奴の顔は、真っ青になりながら、唇をカタカタ震わせている。
「茜のこと好きになったんなら、できるだろ? いつまでも二股状態だったらその遠距離の彼女にだって悪いし、白黒ハッキリつけてやらないと」
「あ、あの……」
見るからに狼狽している和史くんに、遠距離の彼女に電話しろと顎でしゃくって見せる。
しかし、奴は一向に動こうとしない。
そんなやり取りを、鈴木とカーディガン男は黙って見ているだけだった。
……どれほど時間が過ぎただろう。
実際はそんなに時間が経っていないけれど、この沈黙は非常に長く感じて、このまま埒があかないというとこまできた。
痺れを切らした俺は、もはやコイツにはもう何を言っても無駄だと悟り、黙って立ち上がる。
そして、もう何もかもがどうでもよくなって、このまま店を出ようと奴に背を向けた瞬間、
「すみません、オレが好きなのは……茜じゃなくて、彼女なんです……」
と、弱々しい声が聞こえてくるのだった。