カピバラの恋-1
毎週のように俺のアパートに来ていた茜が、パタリと来なくなったことに気付いたのは、それから2ヶ月ほど経ってからだった。
その頃はちょうど、俺の仕事もデスマーチに入っていて、会社に寝泊まりする日々が続いたせいもあったかもしれない。
茜が顔を出さないことも気づく余裕なんてなかった日々は、職場とアパートの往復ばかり。
そんな怒涛の納期地獄をなんとか終え、仕事がやっと落ち着いてきた頃に、自分のことへようやく意識が向いた。
最近は、コンビニの弁当なんてまだマシな方、カロリーメイトばかり食いながらデスクに齧り付いていたっけ。
そんな辛い日々を送っていた分、解放感は半端なくて、仕事を終えてオフィスから出るやいなや、寒空の元で大きく伸びをすると、背中がポキポキと鳴った。
やっと一段落ついたことだし、なんか美味いもんでも食べて帰ろうか。
そう思いながら、俺は繁華街の方へ足を向けた。
◇ ◇ ◇
すでに街はクリスマス一辺倒で。
まだ1ヶ月以上も先だというのに、街はイルミネーションでチカチカ眩しくて、デパートや駅ビルもクリスマス向けのレイアウトに変貌していた。
そんな変化にすっかり取り残されていた俺は、ライトアップされた街路樹を見上げ、浦島太郎のようだな、と苦笑いをしていたら。
「あ、すいません」
突然肩がぶつかった感覚がして、反射的に謝る俺。
どうやら、俺がボーッと突っ立っていたから、人とぶつかってしまったらしい。
「邪魔なんだよ」
俺と肩がぶつかったとおぼしき男は、すれ違いざまに小さな舌打ちをして、足早に去って行った。
さすがにその捨て台詞にムカッときて、文句の一つでもつけてやろうかと後ろを振り返るけど、男の隣を歩いていた女の人が、男のさっきの態度をたしなめつつ、慌ててこちらに頭を下げる。
そして、今度は男のご機嫌を取るかのように、奴の腕に自分のそれを組ませて、ぴったり寄り添った。
あーあ、喧嘩吹っ掛けなくてよかった、となんだか拍子抜け。
相手に彼女がいた時点で、負けてしまったような気にさせられたからだ。
そんなカップルの後ろ姿を眺めていた俺は、
「もうすぐクリスマス、か」
と、一人ごちた。