カピバラの恋-3
スマホをいじって、茜の電話番号を表示する。
確か、茜の職場もここから2駅ほど離れた場所だし、今から呼び出してもそんなに遅くはなるまい。
クリスマスに向けてのお相手探しははかどっているのか、それをネタに飯を食うのも悪くない。
そう思いながら、電話をかけた。
『はいはーい』
「おう、久しぶりだな」
『あー、ホントだ! 元気は元気してた?』
はつらつとした声は相変わらず聞き取りやすい。後ろがザワザワしているから、きっと仕事帰りなのだろう。
茜の明るい声が何だか懐かしくて、自然と頬が緩む。
「ついこないだまで仕事がヤバいくらい忙しかったんだよ。でさ、やっと一段落ついて、久しぶりに焼き肉食いたくなったから、お前もどうかなーって。今月ほとんど金使ってないから、奢ってやるぜ?」
『え、マジでー!! うん、絶対行く!!』
電話越しで、声のトーンが一際高くなった茜に、思わず笑いが込み上げてきて思わず鼻の下を人差し指で擦る。
焼き肉につられるなんて、相変わらず色気より食い気な奴。
「S駅にいるんだけど、すぐ来れるよな? 東口の◯◯って店なんだけど」
話がまとまったので、先に店に入って待ってる旨を説明する。
茜は服を買うときにこのS駅によく来てるらしいから、説明も簡単で実にいい。
『うん、じゃああと30分くらいで行けると思う』
そんな感じで電話を切ろうと思ったが、ふと行き交うカップル達がやたら目に入った俺は、
「今年のクリスマスのお相手は見つかりそうなのかよ」
と。軽口混じりで質問をした。
どうせ、誰にも相手にされていないであろうと確信していたからだ。
デスマーチを乗り越えて気持ちが大きくなった俺は、婚活もうまく行かない、彼氏なんてもっての他の茜に、せめて美味い肉で元気づけてやろうと、考えていたんだ。
なのに、
『へへへー、今年のクリスマスは大丈夫!』
なんて、余裕綽々の声が聞こえて来たから、ふと眉間に力が入った。
「おい、俺をあてにしてるんじゃねーだろうな……」
『違う違う! もう元気には迷惑掛けないから安心して!』
いつも以上にテンションの高い声に、心臓がバクバク鳴るのを感じていた。
「あたしねー、ついに彼氏が出来たの!!」
本当に、本当に嬉しそうな声は、やけに俺の耳に残って、頭の中で何度も繰り返されていた。
……彼氏が出来た?
『そうそう、ずっと元気に報告したかったんだけどさあ、あまりに幸せで報告するの忘れてたんだ。ちょうどいいから、今日全部教えてあげるね!!』
茜の声がやけに遠く聞こえた。
それもそのはず、スマホを耳にあてていた俺の手は、気づけばダラリと垂れ下がっていたからだったのだ。