〜 家庭科その3 〜-3
「他に家電ってあったです?」
「えーと……あ、もう1つあった。 ほら、洋式トイレの『便座』だよ」
「あぁ……アレですか。 そういえばそうです」
トイレの便座って……そんなものの役回りまで、私たちに回ってくるんですか、そうですか。
「姿勢的には楽チンです。 洋式トイレにがに股で座って、誰かが上に座ってくれるのを待つだけです。 手は頭の後ろに組んで、おっぱいを背もたれにして、それだけです」
「そそ。 問題はウォシュレット機能なんだ」
「口は直接水道とゴムホースで連結してて、ずっと水が流れ込んできてる状態です。 普段は口の中で水流を抑えてて、力を抜いたら一気に水が喉に流れ込んでくる状況、っていえばどんな感じか伝わるです?」
「どう表現すればいいか、難しいよね。 まあさ、放っておいたら水が流れ込んでくるところを、息んで止めている状況、みたいな感じなの。 で、相当水を呑まされているから、膀胱はパンパンに膨らんでて、オシッコしたくてしょうがないんだな」
「さんざんオシッコを出してるから、オシッコっていっても、実質は水です」
「教官が便座を使ってテストするんだけど、排泄が終わったタイミングで便座役はウォシュレットしなくちゃいけないんだ。 どうするかって想像つくでしょ?」
「ににのオシッコがウォシュレットです。 ちょうど人肌に温まってるし、そこそこ綺麗ですし、肌に優しい点でもオシッコは水洗いに向いてるそうです」
「事前に膀胱には洗剤を塗ってるから、洗浄力もある」
「あとは教官が排泄した場所――アナルかオマンコ――に、丁度いい勢いでオシッコをかけます。 狙いが反れてもダメだし、勢いが弱いと届かないし、強すぎるとオシッコがばらけて叱られるし……1回で合格を貰うのってかなり難しい気がするです」
「1回目で失敗すると悲惨だよ? もう一回膀胱いっぱいにオシッコを溜めなくちゃいけないからゴクゴク水を呑むんだけど、そんなに早くオシッコがしたくなる訳ないじゃない? だのに生理現象お構いなしで、オシッコを出せるようになるまで、延々水を呑まされるからね」
「にには一回で成功しましたけど、つうなんかは3回くらいやり直してたです。 あれ、結局どの位水を呑んだんです?」
「知らない。 まあ……最後には鼻水も涎もダラダラで、お腹もこれ以上ないくらいパンパンだったから、10Lくらい飲まされたんじゃないかなあ」
一度に10Lという量は、つまり2Lペットボトル5本分を一気飲みさせられると同義なわけで。
「にに、見てるだけで吐気がしたです……」
「つうは『便座が一番嫌い』って言ってたけど、そりゃそうだと思う。 家庭科って幅が広いから、どの分野も難易度高いんだ」
「電化製品なんて最たるモノだと思うです」
ジッと私たちを凝視する先輩方。 しばらく沈黙が流れた後で、
「……甘く見てると痛い目みるよ?」
「……それも、洒落にならないレベルの痛い目です」
微かな笑みと共に、優しく話しかけてくれました。 あの、言葉と表情が真逆なんですけど。 脅すなら脅すで、せめて真顔で話してくれたらいいのに……笑いながらおっしゃるなんて怖すぎます。
……。
こうして大型家電の説明が終わった時、時計の針は9時を大幅に回っていました。 これで家庭科の特訓は1回目が終了です。
先輩方曰く『他にも電気製品は色々あって、OA系ならコピー機やプリンター、屋外系ならスプリンクラーやナイター設備ときりがない。 家電の延長で実演することがあるかもしれないから、あとはアドリブで頑張って』とのことでした。
本当に先輩方はこんな過酷な実演を乗り越えてきたんでしょうか? 今しがた説明されたことを脳裏で反芻するにつけ、俄かには信じられません。 特に強そうな【B29番】先輩ならともかく、あの小柄な【B22番】先輩がこんな家電経験を経てきたなんて、私達、ばっちり担(かつ)がれてるんじゃないでしょうか?
ただ、半信半疑な私とは違い、22番さんは全く疑っていないようでした。 眉を顰めることもなく、首をかしげることも無く、常に真剣そのものの瞳で先輩方を見つめていました。