約束-1
週末。風は冷たいけれど、陽射しがやわらかいとさえ感じる日だった。
緒方さんは、白い包装紙にたっぷりの真紅のリボンがかけられた、蜂蜜とレモンのパウンドケーキを手土産にやって来た。
そして彼は、落ち着いたベージュのジャケットにチャコールグレーのボタンダウンのシャツ、手にコートを掛けて持っていた。
ベージュのジャケットがこんなに似合う男性を、わたしは初めて見たように思った。
結婚の挨拶じゃないから、と両親に言っておいたものの、ふたりともガチガチに緊張してしまっていて、見ているこっちがハラハラするほどだった。
緒方さんを見た瞬間なんか、ふたりして絶句して固まってしまっていた。
その顔には明らかに、『うちの娘がとんでもない逸材を連れてきた』と書かれていた。母なんて、わたし以上に舞い上がって声がオクターブあがっちゃう始末。
うーん、やっぱりイケメンってすごい。
ダイニングテーブルに向かい合い、日本茶を飲みながら彼が自己紹介をし、わたしと交際している旨を父と母に伝えた。
緒方さんが笑みを零すたびにふたりとも笑顔になり、ここでもハイスペックイケメン上司の力を感じた。
挨拶が済んだあとはわたしの部屋にふたりで行き、春になったら行きたいねと話していた旅行のパンフレットを広げた。
そのパンフレットを見ている途中に、切り分けられた蜂蜜とレモンのパウンドケーキと紅茶を母が持ってきてくれた。レモンピールやクランベリーがたっぷり乗った、見た目も可愛くて爽やかなパウンドケーキ。
母はごゆっくり、なんて言い残して笑顔でドアを閉めて去っていった。
「可愛らしいお母さんだね」
母が出て行ったあとのドアを見ながら、彼が言った。
「緒方さんがかっこいいから、舞い上がっちゃってるのよ」
「それは光栄だね」
紅茶をひとくち飲む。そして気がついた。
この紅茶は、母が大切にしている銘柄の紅茶だった。
またしてもわたしは、さすがイケメン、女のこころを掴む力に長けている──と彼を見ながら思った。
「ここのケーキね、蜂蜜がすごくおいしくてよく買うんだよ。瓶入りのやつ。真緒にもあげる」
そう言って、彼が鞄から紙袋を取り出した。
ケーキの箱にかけられていたものと同じリボンが、袋の持ち手部分に結び付けられている。
「ヨーグルトに入れたり、パンケーキにかけたり、紅茶に入れてもおいしいよ」
「わあ……ありがとうございます」
「今度俺の部屋に来たときに、真緒のおっぱいに垂らして舐めちゃおっかなー」
「緒方さんのえっち」
彼がカラリと笑う。えっちな言葉も、緒方さんが言うと全然嫌な感じがしない。
むしろ、その場面を想像してドキドキしちゃうくらい……。
「大好きだよ、真緒」
彼の手がわたしの頬に触れる。
優しいキス。スタンプを押すみたいに、落ちてくる──。
「聡くんの仕事って何時に終わるんだっけ?」
「今日は二十時までって言っていました」
「美容師って体力のいる仕事だろうし、おなかもすいてるだろうからガッツリ食べられるものがいいかな? 焼肉とか」
「そうですねえ……」
つぶやくように言いながら、聡のことを想像する。
彼と焼肉を食べに行ったことは今までなかった。どちらかというと、お肉よりお魚派かな、聡は。
「それか、お寿司とか?」
わたしの考えを見透かしたように緒方さんが言ったので、思わず目を見開いて彼を凝視してしまった。
「今、聡はお肉よりお魚派かなって思ってたところだったんです」
「ははっ。俺ら、息ぴったりだね」