社内恋愛-1
月曜日の午前中はどうしてこんなに気だるいんだろう。
もしわたしがひとり暮らしをしていたら、きっと朝食はじゅうぶんにとっていなかっただろうな。
ひとり暮らしをしながら、きちんとした生活を営んでいるひとって、ほんとうにすごいなって思う。
──緒方さんも。
緒方さん。
今日の朝礼もかっこよかったなあ。
社内専用のシステム入力をしながら、今朝の朝礼時の彼を思い出す。
あぁ、あのひとがわたしの彼氏だなんて! いまだに信じられない。
土曜日の朝も日曜日の朝も、そして今朝も彼からおはようメールがきた。今日は特に、会社で会えるねって添えられていて──思わずわたし、メールを見ながらニヤけちゃった。
「篠崎さん、このメモに書いてある資料を二部コピーしてきてくれる? 今、手が離せなくて」
「あ、はい。いってきます」
「あら、ネイル。綺麗ね」
「ありがとうございます」
三つ年上の伊坂さんは、先々月大学のときから付き合ってきたという男性と式を挙げた新婚さん。
ゆるくウェーブのかかったブラウンの髪を左肩のあたりでひとつにまとめた、柔らかい雰囲気の女性。
わたしも同じチームの社員ということで式に呼んでもらったんだけど、伊坂さん(実はまだ彼女を呼ぶときは『伊坂さん』より、旧姓の『谷原さん』が先に出てしまいそうになる)は、彼女のお母さんから譲り受けたという、ハイネックのレースが上品なウェディングドレスを着ていて、ほんとうにほんとうに綺麗で幸せそうだった!
わたしもいつか──なんて、いっしょに出席していた緒方さんの横顔を盗み見ながら思っちゃったのよね。
そういえば、伊坂さんの友人席からも緒方さんを見て囁きあう声が聞こえていたっけ。やっぱり、イケメンはどこにいても目立つ。
資料室に入り、メモを片手に指定された資料を探す。
背表紙のラベルが黄色く変色してしまっているファイルがなぜか、最近追加されたファイルの隣に並んでいる。そのファイルを先に元の場所へ片付けてから、改めて目的のファイルを手に取る。
表紙を開くと同時に、資料室のドアがガチャリと開いた。
「──あっ」
振り向いたわたしに、緒方さんが後ろ手にドアを閉めながら唇にひとさし指をあてた。
カチャンと鍵が閉まる音がする。
「伊坂さんとの会話が聞こえてきてね」
「びっくりしました。緒方さんも何か資料が必要なんですか?」
「いや、君とふたりになれそうだったから」
そう言って、彼がわたしの手からファイルを取って書棚のあいているスペースに置いた。
「緒方さん──」
静かに、でも激しいキスのシャワーを浴びる。舌が絡みつき、息が乱れた。
頭がクラクラとする。
緒方さんがわたしの膝を脚で割った。
身体を書棚に押し付けられ、彼の右手が胸にかかる。
「んっ……緒方さん、こんなところで──」
彼を押しとどめるように腕を出す。
その手を彼が素早く取って、書棚に押し付けた。
「誰かが来たら……」
言い終わらないうちに唇を塞がれる。息が詰まるような、甘く湿った気持ちが身体の奥から沸き起こる。その気持ちが波のように、身体の中を寄せては返していった。
あぁ、なんて強引なキス。なんて力強いんだろう。
こんなふうにキスをされて、蕩けそうにならない女の子はきっといないはず。
「今日の定時後、あけておいて。いいね?」
「はい……、わかりました」
そう言ったわたしにキスをして、彼は資料室を後にした。
残されたわたしはしばらく胸の高鳴りがおさまるまで動けずにいた。彼が出て行ったドアを見つめて深呼吸をする。
ずるい。ほんとうに、なんてずるいんだろう。
ドキドキしないはずがない。
こんなことをされて、夢中にならないほうがどうかしている。
わたし、昨日よりもずっと彼のことを好きになっている。
きっと、明日は今日よりもずっともっと──。
下半身に疼くような感覚を覚えた。