社内恋愛-6
とっぷりと夜に浸かった街。寒そうに首をすぼめて歩くひとたちとすれ違う。
賑やかな通りを抜けてすぐ、アンティークの家具や雑貨を扱うお店と画廊の入るビルの地下二階に、リョーコさんのお店がある。
画廊は貸しギャラリーとしても運営しているらしく、よくリョーコさんのお店にもパンフレットが置かれていた。そういえば、近々リョーコさんが好きだと言っていた女性画家の作品が展示販売されるって言っていたっけ。何とかいう、バンドのCDのジャケットの絵になった作品も並ぶのだとか。
「あら、いらっしゃーい」
重い扉を開けてすぐ、リョーコさんの声がかかった。
照明が抑えられた店内には、カウンターにひとり、テーブル席に二組のお客さんがお酒を楽しんでいた。
「こんばんは。わたし、まずはスコーピオンをお願いしまーす。あと、ドライフルーツ」
「はいはぁい。聡ちゃんは?」
「じゃあー、ブラー・トニックで。それから、チョコレートね」
「オッケー」
カウンター席に座り、リョーコさんの手つきを眺める。
わたしたちは一杯目が仕上がるまでは静かに待っていることが多い。
カクテルを作るリョーコさんはまるで魔法使いのように思える。
カラカラとステアされる氷や液体を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
無駄な力の入っていない、しなやかな手指の動き。
美しい、といつも思う。指先にまできちんと気持ちが行き届いている。
カクテルとドライフルーツ、チョコレートがそれぞれの目の前に置かれ、わたしたちはいただきますと言ってひとくちめを味わう。
冷やされたグラスから、するりとカクテルが喉へ落ちていく。
フルーティーで口当たりが良い。リョーコさんの作るカクテルはいつも完璧だ。
「真緒ちゃん、その後どう?」
聡がグラスをコースターに置いて聞いた。
「社内恋愛の大変さを日々ひしひしと感じてる。定時後に会うときはもっと工夫しなきゃって思ってたところ」
「やっぱり大変なんだね。ドラマみたい。見ているひとはほんとうにしっかり見ているんだろうなあ」
「ほんとうにそう思う。別に悪いことをしているわけじゃないんだけど、彼、とにかくモテるひとだから……」
「モテる男と付き合うのも苦労するんだね」
「それでね、来月、バレンタインがあるじゃない? どうしようかなって思っていて。当日出かけるのはやっぱりリスキーかなぁ」
「会社の近くやひとが集まる場所をふたりで歩くのは避けたほうが良さそうだよね。鉢合わせしたら面倒くさそう」
「やっぱりそうだよね。ほんとうに気をつかうー。何をプレゼントしたら良いかも迷うし。チョコレートのものとお酒をプレゼントするのもいいかなとか考えてはいるんだけど。ザッハトルテとかトリュフとか」
「あぁいいね。お酒はウィスキーとかワインとか?」
「今、聡ちゃんが飲んでるブラー・トニック、カルバドスを使ってるんだけど、カルバドスもチョコレートに合うわよね。特にビターチョコ。聡ちゃんもチョコレートを合わせてるし」
リョーコさんがにっこり微笑んで言った。
カルバドス。
フランスのノルマンディ地方で造られる、りんごを原料とした蒸留酒。
飲んだあとにりんごの香りがくちの中に残る、香り豊かなブランデー。
いいかも、と思った。
カクテルを作ることもある緒方さんにぴったりだ。
「カルバドス、デパートで探してみる! なんだか楽しくなってきちゃった。早くバレンタインにならないかなぁ」
「単純ねぇ」