美人キャスターの闘い-1
「私には何もできない・・・。報道って何なのかしら…。私たちキャスターの存在って・・・」
雅子に出来ることは、何もない。報道に強い大江戸TVとはいえ、人気女性キャスターに許されたことと言えば、所詮局の上層部の制止を振り切り、他局が「日本経団会」を「財界」とボカシて表現していることを、「日本経団会会頭」と名指しで報道するのが関の山だった。しかし、違法性どころか、視聴者にその黒幕の存在を知らしめることすらできないではないか。雅子はCMの際に呟くのだった。
「それでは、また明日の晩にお会いいたしましょう・・・」
横でコンビを組む、大江戸TV系列新聞社出身のジャーナリスト筑井哲忠と共に項を垂れる雅子。社会倫理を問う真摯な表情に憂いを湛え、恋人への思慕も入り混じった潤んだ瞳は、視聴者、ことに男性のハートを鷲づかみにしたことは言うまでもない。
「雅ちゃん、よかったよ、あの一言」
筑井の言う「一言」が雅子の意地で盛り込んだ、「日本経団会会頭」という言葉であることは言うまでもなかった。還暦を過ぎてもソフトな語り口の中に、鋭い切れ味を含む先輩ジャーナリストを尊敬する雅子は、微かに微笑んだ。恭平と、雅子の関係を把握している数少ない番組スタッフでもある。
「ありがとうございます、筑井さん・・・。でも、キャップのこと、どうしたら守れるのかと」
「共ちゃんの事?」
職場では雅子が恭平を「キャップ」と呼び、筑井は「共ちゃん」と呼ぶ。
「ええ、社会正義も強い人だし・・・。命を懸けて取材したことを報道もしたいんです。そのために力になれることは何でもしてあげたいですし…。かといって世論を喚起するだけの、海老原のえげつなさを証明する何かが手に入らなくては・・・」
職務に対する恭平と雅子の真摯な姿勢、そして二人の恋愛感情を知るだけに複雑な表情の老ジャーナリストだ。
「相手が相手だけに、局としては今以上の追及はできないだろうしね。僕の若い頃は単独で朝駆けなんて、植えの命令も聞かず跳ね返った行動をとったものだよ」
筑井が気休めで発した言葉に、聡明な雅子は閃いた。
「そうだわ・・・。単独・・・」
「こらこら、雅ちゃん、何か企んでいるな」
「うふふふ、お分かりですか?」
雅子は、さっきまでの憂い顔に微かに悦びを湛え、悪戯っぽい表情で筑井を見返す。かねてより、著名人のオジサマ方には抜群の人気を誇る雅子のチャーミングさが、一段と際立つ瞬間だ。
「君は将来ある娘だ。軽はずみな行動は・・・」
もともと、美貌に反してなかなかのおてんば娘にして、明朗活発な雅子だ。幼少期からシンクロナイズドスイミングや新体操などを嗜むスポーツ万能娘、度胸も満点だ。
「大丈夫ですよ、筑井さん。わたくしが、か弱い女であることをお忘れなぁ〜〜く!」
父親に甘える令嬢のような表情を浮かべ、ウインクを送る雅子だった。
「雅子さん、無茶しないでくださいよ…って言っても従うような人じゃありませんよねぇ」
ため息交じりに呟いたのは、報道局の若手AD、李だ。なかなかのイケメンで、民団系の大物のお坊ちゃんらしく人は良いが、キレ者で頭の回転は速い。恭平に憧れる「鷹見門下生」だけに、上司と彼に恋する美人キャスターが心配でならないが、そのお転婆ぶりも知り尽くしている。
「李君、心配しないで頂戴。女だっていざとなれば闘えるってこと、証明してみせるから」
怪しげを含んだほほ笑みもまたなかなかチャーミングな雅子だった。