恋人の危機-1
「雅子・・・俺はしばらく身を隠す! 冗談抜きで君の言う通りさ、命を狙われている。無論、君と一部のスタッフにだけは随時連絡は取る。だが極秘裏にだ・・・」
「どういうことなの…?」
雅子が言葉を失うのも無理はない。大江戸TV報道部で、局の上層部の制止も振り切り、数多くの政治家の不正を暴き、総理大臣も二人ほど辞任に追い込んだ彼の「はみ出し武勇伝」は業界では知らぬものは無い。だが、華やかに見えるテレビ界の裏は欲望や嫉妬と羨望、そして、裏切りに入り混じり、権力の介入による脅威にさらされることもしばしばだ。実際、恭平もこれまで幾多の脅迫めいた電話や投書、ネットの書き込みの餌食と成ったが、一度たりとも意に介さなかった。その彼が命を狙われ、身を隠すとはどういうことなのか。
「詳しく聞かせて!」
恋人の腕を撮り、心底その身を案じる様に切なげな表情を浮かべる雅子。そんな彼女を愛おしむ様に、恭平は優しく微笑し、やがて口を開いた。
その際に恭平から聞き及んだ、内容を心の中で反芻しつつ、雅子はニュースを伝え続ける。
「なお、今回の再稼働につきましては、静岡県内の日本経団会会頭の意向が強く働いたと見え・・・政府がその圧力に屈する形となったと思われます」
「日本経団会会頭」この人物こそ、正義のジャーナリズムを踏みにじる黒幕であるとでも、雅子は報道してしまいたかった。それこそ、恭平が命懸けでスクープを試みた内容そのものだからだ。
『雅子、原発は国策だ。それに異を唱える輩は、この業界でも失脚を余儀なくされる。それは君もわかるだろう?』
視聴者には窺い知れない、テレビ業界の掟は女子アナの雅子にも理解できていた。
『世論、県民の反対にもかかわらず、熱海原発を運転する帝都電力から多額の金が動いている・・・。受け取った相手は誰だと思う? 日本経団会会頭、海老原正源だ』
雅子も日本経団主催のパーティ取材などで面識のある人物だ。
『だが・・・報道はできない。それどころか、この件で情報筋を使って調べて以来、妙なことが起こってね』
こともなげに言う恭平だが、その脅迫は、背筋の凍るものだった。無言電話や猫の死骸が自宅に投げ込まれた事にはじまり、弾痕入りの封書が届き、揚げ国は恭平の一人娘をめがけて猛スピードの車が、命を狙うが如く彼女を轢き殺さんばかりに駆け抜けたことなど、命の危険を感じるものばかりだった。世の裏のカラクリを暴かんとするものに制裁の使者が送り込まれることは当然の事とはいえ、その犠牲に最愛の恋人が選ばれんとしていることに雅子は怒りを覚えるのだ。