芸者小夏-2
2.
私は、大森芸者の小夏です。
ある年の暮れに、大森海岸の料亭に呼ばれました。
それは品川駅近くの、自動車会社の忘年会でした。
何時ものお座敷と違って、お客さんは二十台三十台の若い方が多く、身なりのきちっとしたサラリーマンでした。
馬鹿騒ぎをするわけでもなく、ちょっとした冗談を言っては楽しそうにお酒を飲んでいました。
その中で、とりわけ私の目を引いた男性がいました。
高校時代の初恋の同級生に生き写しでした。
宴も終盤に差し掛かると、普通はお座敷の後のデートのお誘いが掛かるのですが、このときは全くそんな気配もなく、私はその男性の前に座ってただ名残を惜しむだけでした。
「あのう・・・ぼく、芸者さんに会うの初めてなんですけど、この後お誘いしてもいいんですか?」
「ええ、でもここでお約束すると、置屋さんに時間料金を払わないといけないのよ。ケイタイに後で電話してちょうだい」
私は田中啓介さんというこの方と、アドレスを交換しました。
啓介さんからお誘いのないまま、数日が過ぎました。
普通なら放っておくのですが、どうしたのかと気になって、こちらからメールを入れてしまいました。もう一度お会いしたかったのかも知れません。
<すみません。仕事が忙しくて、今度の土曜日に、映画に行きませんか?>
まるで、私が芸者であることを忘れてしまったようです。
<ええ、いいわよ>
<6時に、有楽町のマリオンの前で待っています>
<では、そのときに>
約束の有楽町のマリオン前に、啓介さんが先に来ていました。
「映画はよく見るんですか?」
「西部劇が好きなんだけど、最近はやってないですね。マカロニ・ウエスタンはよかったなあ。ハリウッドの癖のある脇役さんが、主役を格好良くこなしていてねえ」
特に見たい映画も無いので、ピカデリー劇場に入り、話題のハリウッドのロマンス映画を見ました。要するに、どこでもよかったみたい。
啓介さんが隣の席の私の手を握りました。
映画を出ると、食事の後でアイスクリームがサービスで付くので有名なカレー・ショップでカレーを食べました。
気分は、すっかり高校生時代に逆戻り。
カレーを食べると、啓介さんと腕を組んで、お堀端に向かいました。
デートスポットの日比谷公園に行くのかと思ったら、通りを渡らずに、帝国ホテルに入っていきます。
(えつ、いきなり帝国ホテル?)
「ここのコーヒーは美味しいんですよ」
啓介さんは、何事も無い顔で正面玄関左手にある、ラウンジに入っていきます。
(ああ、びっくりした。こんなところに泊まったら、いくら取られるんだろう?)
「僕はあまり喋るのが得意じゃないんで、小夏さん何でもいいから喋ってください」
「そうねえ、良くお客さんに身の上話とか聞かれるんですよ。そんな話でいいですか?」
「ええ、小夏さんの身の上ですか。興味ありますねえ」
「生れは、新潟の海べりの町、糸魚川。おばあちゃんが三味線のお師匠さんをしていたので、小さいときから習っていて、それが縁で今は芸者」
「何で東京に?」
「両親が離婚をして、私はおばあちゃん育ち・・・、田舎じゃ仕事も無いし、お金が必要だから、まあ芸が身を助けるって言うわけ」
コーヒーのお代わりが一度来て、取り留めの無い話が一段落をすると、啓介さんが言いました。
「また会っていただけますか? 小夏さん、僕の初恋の人に似ているんですよ」
「あらっ、そうなの」
(なに?お泊りの話はないの?普通、芸者を呼び出したら、大体その方の話になるのと違う?)
「ええ、今日はとても楽しかったわ。今度また是非誘ってください」
「これで間に合うと思うけど」
啓介さんはホテルの前でタクシーに私を乗せると、5000円札を私に渡して、ドアを閉めてしまいました。