「どうでもよくないこと」-3
それでも心臓のドキドキはとまらない。
この感情が恋ではないことは事実だ。
でもなぜ心搏数が上昇しているのかは分からない。
もしかしたらこの時あたしの魂は分かっていたのかもしれない。
彼があたしを変える人だと。
「たとえあんたの妹が病気でも…――――」
あたしは彼に受け取ったティッシュをつき返す。
「あたしには関係ない」
もうこれ以上、あの男のことを考えないようにしよう、あたしはそう決心して家に帰った。
あいつが何回かあたしを呼んだような気がしたけど、今度は振り向かなかった。
「ただいま」
返事はかえってこない。だけど父親は常に家にいる。
アルコールを片手に持つ父親を確認し、ああはならないといつも誓う。
母親はいない。父親に愛想を尽かしてだんだんうちに帰らなくなり、そのままフェードアウトした。
父親が昼間から酒を飲んでいることも、母親がいないこの状況もあたしはもう慣れている。
ただ今日は、木原隼人のことが頭からこびりついて離れなかった。なぜだか泣きそうになった。
今まであたしは、人を見下して生きていた。人を見下して、親からは得られなかった自分の地位を、自分の中でなんとか保とうと必死だったのかもしれない。
でも、あたしは少し思った。木原隼人はあたしが見下せる人じゃない、と。
もう一度、会いたかった。今、無性に会いたかった。どうしてかは分からないけど。
あたしは急いで制服を着替え、木原隼人がバイトをしていたところに向かう。
今、あたしを助けてくれるのは彼以外に考えられなかった。
何を助けてほしいのか、あたし自身がまったく分からない、それでも。
「なんだよ、俺のこと無視して帰ったと思えば…」
彼はまだティッシュを配っていた。
声にも表情にも怒っている気配は感じられない。あたしはそのことにほっとした。
「今ハヤリの小悪魔か(笑)」
彼はそう言いながらあたしに近づく。
「もう、ボロボロだな〜、リナちゃんは」
あたしはたぶん、ひどい顔をしていたんだと思う。泣いてマスカラが落ち黒い涙が流れたのだろう、絶対に。
「泣きねえ、泣きねえ」
彼は、人に配るティッシュを取出しあたしの目をこする。