N.-6
30分後、楓はソファーに座ってテレビを観ていた。
ゲラゲラ笑っている。
楓に連絡したのは同じ立場だったからだ。
数ヶ月前に「妊娠した」と連絡が来た。
それでも飲み会は来てたし、色んなことにも付き合ってくれてた。
相手はもちろん雅紀。
湊の大学時代の友達だ。
今では籍も入れて、苗字は北川に変わっている。
楓曰く「こんな忙しくても元気に育ってくれてんなら大丈夫っしょ！」と。
でも陽向は不安で仕方なかった。
先生の歓迎会の時もめちゃくちゃ楽しそうで、朝まで付き合ってくれてた。
ま、あの時は妊娠してたって知らなかったらしいけど…。
「病棟に2人も妊婦とかやばいよね……」
「まー、そりゃやばいかもだけど、デキたもんは仕方なくない？今は少子高齢化だし、国としては万歳っしょ」
楓は大きなお腹を撫でながら言った。
「あたし10月から産休に入るから、入れ替え的な感じで大丈夫なんじゃない？」
陽向はため息をついた。
「なんでため息なんかつくの？いつもみたいにおバカな陽向でいなよ。この子だってそう思ってるでしょ？」
「この子にまでおバカなんて思われんのはやだよ」
「あはは！それもそーか！いやー、でも陽向が妊娠なんてねぇー。ビックリだよ」
「あたしだってビックリだよ」
「五十嵐は？なんて言ってたの？」
楓は神妙な面持ちで言った。
「いや、それがさ……ちょー嬉しいって言ってくれてね」
陽向はニヤニヤしながら言った。
「ものすごく心配性になってる」
楓はそれを聞いて「あの五十嵐が！」と爆笑した。
「陽向から聞く五十嵐ってクールで意地悪そうなキャラだったけど。結構そーやって言ってくれんだ。ま、なんだかんだ優しい時もあったか」
コーンスープを飲みながら楓は言った。
「うん。本当はすごく優しい」
陽向はヒヒッと笑った。
「うちらさ、以外と4人で遊んだりとか、あんまなかったじゃん？」
「うん」
「でもさ、マーからすごい色んなこと聞くの。五十嵐がレストランで頑張ってることとか……もちろん、将来の話とかね」
そんな話してるんだ……。
「湊からはあんまりそーゆー話聞いたことないな」
「あはは。マーは五十嵐と違っておしゃべりだし、若干こっち系もあるし」
楓はオカマのポーズを取って笑った。
「うっそー。マーくん優しいし、喋った感じそんなこと思わなかったけど」
「でしょ？でもねー、これがまた可愛いの」
「え？」
陽向はプッと吹き出した。
「この前酔っ払って帰って来た時なんてさ、何があったのかわかんないけど、泣きながら『俺…俺…こんな酔っ払っちゃった……どうしよう。こんな親父なんてやだよな？ごめんね、七瀬……』とか言ってあたしのお腹スリスリしながら寝ちゃったの！」
陽向はそれを聞いて爆笑した。
「マーくんってそんなキャラだっけ？！てか名前もう決まってるんだ！」
「うん、女の子って言われてから色々探して、画数も良かったし付けたかった名前だから……陽向はまだ分からないの？」
「んー…。この前病院行ったのが初めてだったし、性別もまだ微妙で…。あたし、男の子産まれそう」
「えー？そう？んまー、でも確かにサバサバ感見てると男産まれそう」
「でしょー？！」
「パワフルママとか向いてる！」
「うそー！」
2人でゲラゲラ笑う。
「まー、どっちでもいっか！元気なら！」
「そーそ。ひなもすっかり母の顔だね」
「そりゃそーだよ。大事な子だもん。……楓と同い年の」
「仲良しになるといーね」
「あははっ。そーだね」
まさかこんな時期まで同じになるなんて…。
でも楓と同じ立場だと心強い。
その後は日が暮れるまで将来について語り合った。
母乳はいつまでだとか、おもちゃはどれがいいとか、どんな子に育って欲しいとか……他にも数え切れないくらい話した。
「じゃ、今日はありがとね」
18時。
楓は玄関で陽向に別れを告げた。
「今日はありがとね。あと…これ、まだ誰にも言ってないからさ…その…」
「分かってるって。ひなのタイミングで言いな。もしなんかあったらサポートするから」
「そんなお腹で？！」
「あんたも変わんないでしょ！…ストレスが一番いけないんだから」
「分かってるけど…」
「そんな人思いの子なんだろーね、この子も」
楓は笑って陽向の小さいお腹を撫でた。
「え？」
「人のこと大事に思うのが陽向の良いところ。他人だろうが、友達だろうが…それこそ患者さんだろうがね」
楓は優しく笑った。
「ひなみたいな子が産まれてきてくれたら、嬉しいよ。……じゃね！」
楓は左手をヒラヒラさせながら歩いて行った。
熱い何かが込み上げる。
楓のもとに産まれて来る子はきっと幸せだろう。
あんなに素敵なママだから。
あたしも、何かを伝えられる母でありたい。
あなたにも、この幸せを分けてあげたい。