N.-11
「俺らの気持ち、分かるよな?陽向。ずっと一緒にいた仲間じゃん」
洋平が優しく肩を叩く。
「音楽がやりたいっていうのは、ライブハウスで汗流すだけじゃない」
海斗が「ホラ」と言ってアコースティックベースを陽向に渡す。
「どれでもいいから。鳴らして」
初心な空に深い音が響く。
「いい音だ」
カホンを片手に持った大介が「すぐ泣く。ま、昔からだけど」と笑った。
「だまってよ」
「今日ばっかは黙っちゃいらんないっての」
大介、洋平、海斗は同じベンチに腰掛けて、夜空を見上げた。
「俺さ」
大介は言った。
「このバンドでこんなこと出来るなんて思ってなかった。最初はグダグダだったけど、今となっちゃ全部楽しい思い出だけど…思い出にしたくないことばっかだよ」
その言葉を皮切りに、3人がぎゃあぎゃあ話し出す。
「初めてオリジナル作った時のこと覚えてる?最初洋平が考えてきてさ、すげーカッコイイって興奮してた時!あれ、今じゃほとんど原型ないよねー!」
「だってさー陽向の歌詞考えたらありゃ違うわってなるじゃん!いや、こんなハードなのじゃないっ!てなるっしょ。恥ずかしいからやめてくれー!」
「あの頃は洋平、ハードなやつにハマってたもんな!」
「そーそー。ゴリゴリのメタル的な?今思うと結構刺激強めだけど、あれ聴いて俺は洗練されたね。ちょー練習してたから」
「洋平のギターソロはまじアツいよなぁー!アコギで演っても結構いい感じじゃね?」
「ハハッ!アコギにはアコギらしいフレーズがあるんだって。ま、それは次のお楽しみだねー」
4人で笑い合う。
しん…となった時、陽向は「あのさ」と言った。
「みんなはこの10公演終えてどう思った?」
「どーゆーこと?」
「あー…聞き方が悪かったかな……ごめん。その…この先ミュージシャンとして生きたいとか、売れたいとか…そーゆーこと思った?」
3人が黙る。
「生涯バンドマンでありたいって少しは思うよね、あんな場を経験したら」
洋平は俯いて笑った。
「夢だったもん。あーやって楽しく演奏出来ること」
「俺だってもっとライブしたいって思う」
海斗が言う。
「欲が出るのが人間のイケナイとこだよね」と笑った。
「俺らには仕事があるし、その先の未来がある。俺だって子供欲しいし、その子供に幸せになってもらいたい。だから、今の仕事を辞めるわけにはいかないし、これからも頑張り続けなきゃいけない。陽向だってそうだろ?」
「…うん」
「俺は正直、このまま軌道に乗ればって思ってた」
申し訳なさそうに言ったのは大介だった。
「陽向子供できたんだろーなってなんとなく思ってた頃だった」
「え、それいつ?!」
「んー…先月くらいかな。あの時はすげー燃えてた。でも、セトリが変わり始めてから…まー陽向なりの考えもあったんだろーけど、おとなし目の曲なんかもアリなのかなって思い始めてさ」
大介が恥ずかしそうに鼻をこする。
「おとなしいバーとかで、今までの曲アコースティックで演ったりなんかするのも、すげーいいなぁってずっと考えてたんだよね」
「懐かしいようでちょー最近の話!」
突然、洋平が声を上げて笑った。
「え、なに?!」
「大介がいきなり『作詞できる?』って言ってきたんだよ。なんで?って言っても濁されてさ。陽向が忙し過ぎてついにキャパオーバーとかなってんのかと思ったんだよ。その頃は予想でしかなかったんだけど…陽向に子供できたって事知ってさ、そっこー引き受けた」
「で、海斗がやけにイチャモンつけて、さっきの曲が出来上がったってわけ」
大介がチラッと海斗を見る。
「大介のカホン、マジでイケてなかったし!つーか、洋平に関しては、歌詞にこだわりすぎてギター疎かだったし!」
「でたー!IT企業のご叱責!」
洋平がケラケラ笑う。
深夜の公園でこんなこと出来るのも、今日が最後なんだろうな…。
急に切なくなってくる。
まだまだ遊びたい、音楽を続けたい、やりたいことやりたいって思っていた矢先の出来事で正直戸惑っていた。
でも、自分が母親であると認識した今、この子を守り愛するのが自分の使命なのだとも感じる。
「ごめんね、みんな」
陽向の言葉に3人が黙る。
「みんなの夢を壊してごめん」
「陽向…ちが…」
「みんなはライブハウスで汗流すのが好きなんだと思う。今でもそう思う。あたしが妊娠なんてしなければ、きっとそんな人生だったでしょ?…たくさんのお客さんに囲まれて、暴れてテキーラとか飲んでライブしたいって思うでしょ?」
「……」
「あたしだって、そうしたい」
可能性があったのに出来ない現実に、涙が零れる。
申し訳ないと思うから。
「…陽向。こんなこと言うのおかしいかもだけど」
大介が笑う。
「そんなん、いつだって出来る。俺らがオッサンになって陽向もオバサンになったらいくらでも出来んだよ、そんなの。今だけが全てじゃない。俺らは死ぬまでずっとHi wayなんだからさ」
バンドって、夢だけを追いかける儚いものだと思っていた。
でも、それは違った。
儚いと思うのは解散するからで、永遠に続くものと思っていなかったからだ。
”延々と音を鳴らし続けて”
そんな歌詞を書いた時を思い出した。
今に、後世に続くのはきっと、この言葉であって欲しい。