N.-10
渋谷でライブし、来てくれていたお客さんと話していた2人と何食わぬ顔で合流した。
飲みにではなくご飯食べに行こうという洋平の言葉にみんなノった。
楽器を持ちながら目的のハンバーグ屋まで歩く夜道。
時刻は22時過ぎだ。
公園の脇道を4人で歩く。
大介と海斗は今日のライブのことについて楽しそうに話している。
「陽向」
「なに?」
洋平は両ポッケに手を出し突っ込んで「みずくさいよなぁ」と言った。
「俺も海斗もなんとなくだけどさ……分かってた。陽向に子供出来たこと」
陽向は心の中でため息をついた。
「ねぇ、なんで言ってくれなかったの?」
「…ごめん」
「俺ら陽向に無理なことばっか言って無理なことさせてたろ?本当にごめんな」
「違うよ…」
「今は陽向だけの身体じゃないんだよ?もう、こんな辛いことさせないから…」
「…だから!違うって言ってるじゃん!!!」
さっき大介に言われてからその話題に敏感になっている。
お腹の子にも悪いとは分かっているけれど、その言葉の無神経さにイラついてしまった。
今日のハンバーグはお預けだ、と誰もが思っただろう。
「ひ…ひなた……ゴメン…」
洋平がオドオドする隣で陽向は涙を零した。
こんなはずじゃなかった。
分かってからは何としてでもみんなと楽しくこの10公演を終えるつもりだったし、終わった後にみんなでご飯とか食べ行ってるときに言おうかと思ってた。
愛おしくて大事な大事な子だし、この世に生まれてきてもらいたいと思った。
でも、みんなを悲嘆させるのは分かってたから言えなかった。
でも、みんな分かってたんだ。
いつからかは知らないけど。
誰が言ったのか知らないけど。
辛い気持ちを分かって欲しいなんて言わない。
ただ、みんなに謝りたい。
夢を壊してごめん、と。
「泣くな」
そう言って背中を撫でてくれたのは海斗だった。
「泣く必要なんかない」
「だって…あたし…」
みんなはきっとこのツアーを終えたら、ミュージシャンとしての道を歩みたいと思うに違いないと思っていた。
大介にはその力があるし、海斗も他の売れてるバンドの人とも仲が良い。
洋平はSNSでたくさんの人にコメントを返してるし…。
こんな大事な時に…自分は最低だ。
名前も知らない公園のベンチで涙を流す。
こんな日が来るとは思わなかった。
こんな時に。
「ごめん…」
「陽向…俺らは終わりじゃない」
海斗が優しく囁く。
「陽向にピッタリな曲、作ったから聴いて」
海斗はいたずらっ子のように笑ってアコースティックベースを取り出した。
洋平はアコギを持って地べたに座った。
そして、大介はライブで使っていたカホンを取り出し、それに跨った。
「俺が歌うって、そうないから。ちゃんと聴いててね」
洋平が恥ずかしそうに笑う。
「タイトルは”バースデー”」
急に真面目になる表情。
いつも横顔しか見てないから分からなかったけど、洋平の本気の顔はすごくカッコイイ。
お決まりの合図でスタートする。
何処かで聴いたことあるような、そうでないメロディー。
懐かしいような、苦しくて切なくて愛おしくて忘れられない。
忘れたくない。
マイクなんてないのに、温かい声とギターを奏でる洋平。
楽しそうに笑う大介。
目を閉じて音を感じている海斗。
溢れそうな嬉しさを 奏でる永遠に
どうか届きますように 歌いながら滲んだ
瞳を潤す