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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾漆-1

 五月六日未明。後藤又兵衛は二千八百の兵を率いて道明寺に到着した。後ろを振り返ると霧が湧き始めているようで星が全く見えなかった。
 同じ頃、幸村は毛利勝永らと共に一万二千の軍勢で道明寺を目指していた。が、にわかに立ちこめた霧が深く、兵が道に迷うなどして行軍に遅滞を生じていた。さらに、藤井寺あたりで異臭がし、やがて、幸村隊の前方で兵たちが騒ぎだした。

「なにごとじゃ。佐助、見て参れ!」

幸村の下知に従い駆けていった猿飛佐助が戻ると、こう告げた。

「殿。どうやら毒霧が発生し、倒れる兵が続出しているようでございます」

「毒霧じゃと? 伊賀者のしわざか」

「おそらくそうかと思われますが、近くに邪気は感じられませぬ。いったい、いずこで術を操っておるものか……」

「騒ぎは前方のあちこちで起こっておるようじゃ。かほどに大掛かりな毒霧を現出させるとは、よほどの手練れじゃな……」

幸村は兜をいったん外し、鼻と口を覆うように手拭いを巻いた。

 その頃、藤井寺の南東、応神天皇陵の森の一角で山楝蛇(やまかがし)婆が結跏趺坐し、複雑な印を結んでいた。低いしわがれ声が絶え間なく流れている。毒霧を発生させたのはこの山楝蛇であった。

『八卦が、またもや家康の危難を暗示しおった』山楝蛇は術を詠唱しながら思った。『山に籠もってこの奥義を会得し直しておいてよかったわい。今、毒霧で敵を分断せぬことには、一気呵成に家康本陣まで攻め込まれるおそれがあるでなあ……』

 高坂八魔多は山楝蛇より習い、小規模の毒霧を生じさせることが出来たが、伝授した本人、山楝蛇の術は桁(けた)が違っていた。五里霧中とまではいかぬまでも二里四方を普通の霧、さらに中心の五町(約550メートル)四方は毒の霧で埋め尽くすこと出来た。しかも遠方からの施術である。

 兵はバタバタと倒れ、一万二千の軍勢の一割ほどが昏倒していた。

「このままでは犠牲が増えるばかり。……才蔵。おまえも霧の術をわきまえておろう。霧には霧じゃ!」

幸村に命じられ、霧隠才蔵は氷霧の術をおこなった。生温かい毒霧に冷たい霧がぶつかり、雨が生じて毒が地面に落ちた。しかし、才蔵の術は規模が小さかった。焼け石に水の状態であった。

「らちが明かぬ。毒霧の術者を倒さぬかぎりは、この霧は消えぬ」幸村は佐助と才蔵に命じた。「おぬしらは戦列を離れ、毒霧の元を断ってまいれ。……相手はかなりの使い手と見える。油断するなよ!」

「はっ!」

同時に返事したその一瞬後には、二人の姿は掻き消えていた。


 又兵衛は歯噛みしていた。道明寺を過ぎ川を前にしたところで、東方の国分村に早くも敵勢の気配を感じたからである。幸村たちと力を合わせ、あの村の狭隘な地で徳川方を叩くつもりだったが、味方の後続部隊は未だ現れず、敵がどんどん国分村に展開しつつあった。

『どうする。このまま幸村たちを待つか。……しかし、当初の作戦はもう破綻をきたした。ここにいるより川を渡った小松山に陣を敷くほうが戦いやすい』

又兵衛は渡河し小松山(小山というよりは円い墳墓)に登った。
 後藤隊二千八百が小松山に陣を構えたことを知った徳川方は敵を三方から取り囲むことにした。北に水野勝成勢三千三百、東に本多忠政勢五千と松平忠明勢三千八百、南に伊達政宗勢一万。総勢二万二千余が又兵衛に相対した。


 大掛かりな毒霧の術を施すには多大なる「気」を発する必要があった。その「気」を手がかりに、佐助と才蔵は応神天皇陵へと辿り着いた。
 見ると、木立の切れるあたり、地面に座って呪文を唱えている者がいた。年かさの女だった。そいつは佐助たちを認めると唱文をやめ、ゆっくりと立ち上がった。

「真田の草の者じゃな。……存外、早かったのう、ここへ来るのが」

山楝蛇はしわがれ声を発したのち、ひひひと笑った。

「きさまか、毒霧を巻き起こしたのは」

才蔵が忍刀を目の前に水平に構え、じりじりと近づく。佐助は素早く反対側へ回り忍刀を八双に構えた。

「ほう……、おぬしら、なかなかの殺気じゃ。小太郎、八魔多の亡き今、伊賀者で太刀打ち出来るのは、このわしくらいなものじゃろうて」

『風魔小太郎と高坂八魔多が死んだ?』

佐助は訝(いぶか)った。しかし、狐狸婆変じて山楝蛇となりし婆は忍術の他に霊力も高まり、離れていても人の生死が分かるようになっていた。

「おぬしっ」山楝蛇は才蔵を見つめて言った。「おぬしの妹は大したものじゃった。なにせ、小太郎を殺めたのじゃからな。……もっとも、自分も死んでしまったからには、手柄を兄に話すことも適わぬがなあ。ひっひっひ……」

才蔵は沙笑の死を聞かされ、一瞬、動揺したが、言葉のまやかしだと心を立て直した。

「真田の傀儡女には傑物が多いようじゃのう」山楝蛇は佐助に向き直って言った。「八魔多を葬りおったのは、稀代・伊代とかいう姉妹のようじゃ。女傑じゃのう。……そうはいうものの、その者たちもくたばったがな」


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