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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾漆-3

 小勢なるも正面の敵を粉砕。敵将を数名討ち取る。しかし、別の敵に側面を衝かれ突貫の勢いが鈍る。そこへ、伊達政宗の驍将、片倉重長率いる騎馬鉄砲隊が現れた。火縄銃を装備した八百もの騎馬武者が急速に押し寄せる。又兵衛らを射程に捉えるや整然と居並び、馬上より斉射。密集した後藤勢の隊形が乱れる。そこを狙って槍を持った本来の伊達騎馬隊が殺到。又兵衛配下はさんざんに突き崩される。騎馬隊の蹂躙がいったん去るも、今度は足軽鉄砲隊が後方より猛射。その一発が又兵衛の胸を貫通。小さな鉛玉は肋骨に当たり、ひしゃげたまま回転し背中に大きな傷口をこしらえて飛び出た。致命傷であった。
 又兵衛は絶命する寸前、川の西方、幸村のいるであろう方角を睨み、強く念じた。

『幸村。この無念、是非に晴らしてくれ!』

五月六日、日が中天に差し掛かる頃、後藤又兵衛基次は陣没し、後藤隊は壊滅した。

「後藤又兵衛、銃撃により討ち死に」の報が豊臣方にもたらされ、城内には落胆の空気が色濃く流れた。この訃報は、やがて久乃のもとにも届き、彼女は自分が鉄砲で撃たれでもしたかのように衝撃を受け、気を失いかけた。辛うじて正気は保ったものの、しばらくは語りかけられても返事は上の空だったという……。しかし、毒霧が隔てる真田勢のもとへは伝令が届かず、幸村はまだ又兵衛の死を知らなかった。
 その厄介な毒霧も時とともに徐々に薄れ、ようやく道明寺に到着した幸村たち一万余。彼らは毛利勝永・明石全登勢七千と真田勢三千に分かれ、毛利たちは徳川方の水野勝成・本多忠政らと相対し、幸村は伊達正宗勢に近づいた。

 甲冑ことごとく真紅。その真田勢を遠くに見て、伊達勢は聞き及ぶ真田丸での戦巧者ぶりを思い、身を固くした。が、片倉重長は「なんの。真田など恐るるに足らず!」と叱咤激励し、自慢の鉄砲装備の騎馬隊を押し出した。
 対する幸村、伊達の騎馬鉄砲隊を実際見るのは初めてなれど草の者の情報によりその戦法は知っていた。即座に対応する。三千の兵を三つに分け、槍を構えたまま地面に伏せさせる。騎馬鉄砲隊が近づき発砲するも、腹ばいになった真田勢で被弾する者は少なかった。いらついた敵はさらに近くから発砲しようと駒を進める。
 今が機と見た幸村、颯(さっ)と采を振る。躍り上がった真田勢は正面・斜め右・斜め左と三方向から槍衾をこしらえ騎馬鉄砲隊に突撃。敵は次々、長槍の餌食になる。

「それーっ! 突きまくれーーーー!!」

三つに分かれた部隊には号令を掛ける騎馬武者がそれぞれいた。皆、同じ鹿角六文銭前立兜を被っており、いずれが大将の幸村か判別がつかなかった。
 幸村は自分の影武者を二人配していたのである。一人は穴山小助、もう一名は根津甚八であった。双方とも采の採りかたは幸村本人と遜色なかった。じつは彼ら、大坂城に入ってから密かに主君より用兵を伝授されていたのだ。幸村の子息、大助も影武者に名乗りを上げたのだが、血気盛んなれどもまだ十三歳。影武者は荷が重かった。代わりに長槍隊の部将の一人として存分に槍働きするよう父に言い聞かされていた。
 真田の槍の穂先はどれも苛烈だった。伊達の騎馬鉄砲部隊は算を乱して敗走し、それに続く騎馬隊も浮き足だって本来の威力を発揮出来ない。乱戦となったために後続の鉄砲隊も斉射が出来ず単発で狙い撃つのみ。
 時折、唸りを上げて弾(たま)が飛び交う中、幸村は千夜の言葉を思い出していた。

「殿。傀儡女の秘術『影負ひ』を使うこと、許していただきとう存じます」

「何? 『影負ひ』だと? ……あれは戦場にてわしに命中せんとする鉛玉をいったん虚空に取り込み、術者のおる場に現出させるもの。おぬしらが弾に当たってしまう。……さような剣呑な術は封じたはずじゃ」

「封じられし術なるは百も承知でございます。ですが、今度の戦は鉄砲の弾が殿めがけて殺到いたします。銃創が無数に出来まする。悪くすれば、お命に関わることも……」

「それは覚悟の上で戦っておる」

「しかし、御大将が倒れられては……」

「千夜、道理はよく分かる。だが、傀儡女の命を犠牲にする『影負ひ』を使うことはまかりならぬ……。よいか、まかりならぬぞ!」

千夜はなお食い下がろうとしたが、幸村は取り合わなかった。
 そういう経緯もあり被弾は覚悟の上で出陣したのだが、今日、敵の弾は幸村の手の甲と左頬にかすり傷を付けただった。

『本日は武田の軍神、不動明王の加護があるようじゃ。そして、武田家家臣であった亡き祖父幸隆、亡父昌幸も力を貸してくれておるようじゃ』

幸村はここが勝負時と、自軍の鉄砲隊を前に押し出させた。数は少ないが腕利きが揃っていた。筧十蔵と娘の飛奈は敵の騎馬武者を狙って撃ち、次々と落馬させた。鉄砲集団雑賀衆上がりの兵らも、敵の主立った者を狙撃してはバタバタと倒していた。
 三千の寡兵に押しまくられ、伊達の一万は数を減らしていった。だが、奥州の梟雄、伊達政宗もやられてばかりはいない。劣勢を立て直し、数の力で押し返してきた。


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