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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾漆-2

 佐助は姉妹の従兄弟、三好清海入道・伊三入道を思い浮かべ、彼らが悲報を耳にしたら泣き喚いて暴れ、手がつけられなくなるだろうと思った。
 山楝蛇は佐助が一瞬、心が留守になった隙をついた。
 右腕一閃。長い毒針が飛び、佐助の脾腹に突き立った。佐助、急いで針を抜くも、劇毒が微量、身体に入った。
 山楝蛇が腕を振った時わずかな隙が生じ、それに乗じて才蔵が斬りかかったが、婆は怪鳥のごとく跳び上がり、忍刀をかわしながら毒針を放った。才蔵、背中に痛みが走り、即座に針を抜くも、こちらも猛毒をわずかに入れてしまう。
 佐助たちは鎖帷子(くさりかたびら)を着ており斬撃を防ぐことは出来たが、針などの突く攻撃には弱かった。しかし相手は薄手の衣一枚。毒針を受けたとて斬り倒してしまえばいい。
 佐助は俊敏な身のこなしで連続の忍刀打突。婆は後ろへ後ろへと跳びすさる。才蔵が位置を予測して苦無(くない)を投げ打つも、山楝蛇は身をひねってそれをかわす。そうしながら、いつの間にか婆は両手に長鉤爪を装着していた。四本爪の先は赤黒く濡れており、そこにも毒が塗布されているようであった。
 佐助たちが警戒して身構えたとたん、周囲の木立から抛火矢(ほうりひや)が無数に飛来し爆発した。

『くそっ、あらかじめ仕掛けられていたか』

佐助が前転、才蔵が横っ飛びして爆風から逃れたが、その才蔵に山楝蛇が飛びかかった。毒塗りの鉤爪が才蔵を襲う。右手の爪を忍刀で受け止めたが、左手の爪は素手で受けるしかなく指をしたたか傷つけてしまった。さらに、婆のすぼめた口から短い毒針が吹き付けられ、それが才蔵の右目に突き刺さる。背・指・目と三カ所を毒にやられ、才蔵は動きが鈍った。それを察した佐助は才蔵の前に出、庇(かば)うように身構える。

『老婆だと思って戦うと痛い目を見る。本気でいくぞ!』

佐助の姿が掻き消えた。瞬時に山楝蛇の背後に現れ袈裟懸けに斬りつける。常人ならば血しぶき上げて斃(たお)れるところだが、婆は違った。即座に振り向き右鉤爪で刃を受け、左毒爪で反撃する。佐助は敵と丁々発止と渡り合う。その隙に才蔵は印を結び山楝蛇を金縛りにかけようとする。婆、そうはさせじと鞠(まり)のように転がり、才蔵の面前で躍り上がり毒を霧状に吹きかける。この婆の身の軽さ、毒攻めの多様さ、まさに伊賀者随一であった。才蔵は数多の傷口と皮膚から毒を体内に染み込ませ、身体が痺れ、倒れてしまう。
 次は佐助の番だぞと山楝蛇は舌なめずりし、両の鉤爪を左右に大きく広げた。佐助はまた刃と爪の攻防を挑み、力押しで婆を徐々に林の中へと押し込む。戦いを狭隘な場に持ち込んだ佐助は己が能力を全て解き放った。幹を蹴り木から木へと跳びながら山楝蛇へ刃を振るう。枝から枝へと飛び移りながら手裏剣を打つ。その動きは婆をも凌駕していた。速さが尋常ではなかった。
 さしもの山楝蛇も多くの傷をこしらえ、林を抜けようと焦った。その一瞬の隙をつき、佐助の忍刀が婆の片脚を両断した。血しぶきが盛大に上がり、佐助は「やった!」と思った。が、無防備に返り血を浴びたのがまずかった。信じられぬことに、山楝蛇の血そのものが猛毒であったのだ。毒血は佐助の全身に纏わり付き、不気味に泡立つ。猛毒が皮膚から浸透し、佐助の表情は見る間に強張っていった。血走る眼(まなこ)で婆を睨みつけ、必死に足を踏ん張るも、ついには膝から崩れ落ち、前のめりにドオッと倒れた。
 山楝蛇は斬られた脚に急ぎ衣の端を巻き付けると、耳をつんざく音で指笛を鳴らした。
 やがて、どこからともなく伊賀者が十数名現れ、そのうち二名が婆を介抱した。

「わしがここまでやられるとは思わなんだ」

「お婆様、気を確かに」

「そこに倒れし真田の草の者、毒により、もはや死を待つばかりじゃが、念のために急所を刺しておけ。心の臓と喉笛をな」

「御意!」

山楝蛇は手下に両脇を担がせ、応神天皇陵をあとにした。


 又兵衛は高地の利をいかして攻め登る徳川方と戦った。約八倍の敵を相手に奮戦し、敵の奥田という将を戦死させ、次々と新手を繰り出す幕府軍を再三に渡って退けた。
 しかし、数にものをいわせて攻め寄せる敵に抗いがたく、ついに小松山を下り、川岸まで下がった。まさに背水の陣である。ここに至って、未だ幸村たち後続部隊は現れなかった。その時、又兵衛はふと、一人の女が口にしたことを思い出した。

『先走りは禁物。手を携えし者どもと離れて戦えば、死地に追い込まれることにもなろう』

歩き巫女であった久乃の言葉であった。又兵衛はなぜだか笑いが込み上げてきた。巫女とは名ばかり、付け焼き刃の、その場のでまかせだと思ったものだが、どうしてどうして、このように的中したではないか。

「お久……」

又兵衛は彼女の肌の温もり、感触を思い出した。そして、顔を伏せ、久乃の思い出を心の奥へ仕舞い込んだ。ややあって顔を上げた時、その面(おもて)は阿修羅と化していた。

「者ども、突っ込めーーーーーーーー!!」

真っ先に敵陣めがけて突撃し、部下も死を覚悟して又兵衛に続いた。


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