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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾陸-6

 姉妹は猛烈な臭気を覚え、思わず手を離して口と鼻を押さえた。毒霧であった。霧は紫色で、見る見るうちに濃度を増していく。方丈は二十畳はあったが、あっという間に毒霧で充満した。稀代は襖(ふすま)に手を掛けたが全く開かない。伊代が板戸に体当たりしたが、びくともしない。
 八魔多は依然、印を結び呪文を唱え続けている。彼には毒霧への耐性があるようだった。このままでは姉妹は役目を果たせず死んでしまう。形勢逆転だった。

「こうなったら仕方ない!」

稀代・伊代は濃い霧の中で目配せし合った。奥歯をギリッと噛みしめる。歯に仕込まれた苦い液体が口の中に満ち、たちまち舌が痺れる。千夜に授けられた最後の手段だった。

「毒には毒だあぁっ!」

稀代は豊満な身体を一気に沈ませ、印を結ぶ八魔多の腕の間めがけて跳び上がった。顔が両腕を割り、くわっと開いた口が敵の喉に食らいついた。伊代も後ろから首に噛みつく。あらかじめ前歯を鑢(やすり)で鋭利にしていたか、傀儡女の歯は筋肉質の頸部に深くめり込んだ。口内の毒がたちまち八魔多の首から体内に入る。この千夜仕込みの真田の毒には八魔多とて耐性があろうはずもなく、急激に身体が痺れていった。

「うぬら、やりやがったなっ!!」

伊賀者の頭領は娘たちを引きはがし、毒消しを求めて部屋から出ようとした。が、稀代・伊代が脚に、腰にすがりつく。やがて、痺れが膝に回って巨漢はドオッと倒れてしまった。痺れたのは姉妹とて同じであり、加えて毒霧が彼女らを苛(さいな)んだ。
 転倒し、薄れゆく意識の中、稀代は八魔多の様子を窺った。敵は床に転がり大きな図体を激しく痙攣させている。

『これは死ぬ。……やったぜ!』

稀代は確信し、にんまりした。隣で伊代も同じ笑いを浮かべているのが分かった。
 姉妹がこの世で最後に見たものは、この、お互いの笑顔であった。


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