1-6
ふいに眩しさを感じて目を開けると、部屋の掛け時計は6時半をさしていた。
目覚ましをセットしなくても、平日とほぼ同じ時間に目が覚める。
ゆっくりと身体を起こしたあと、隣に目をうつす。
子供のような、あどけない寝顔。
形のいい瞳が、柔らかな弧を描きながら下がっている。
ブランケットにくるまりながら、床に落ちた衣服をかき集め、洗濯機へと放り込む。
部屋着に着替え、グラスの水を手に乾いた喉を潤しながら、ベッドサイドに腰掛けた。
……本当は、ずっとこの顔を見ていたい。
こんなふうに、朝が続けばどんなに幸せなんだろう。
安らかな顔を見ていると、じわじわと胸の中に堪えていたものが込み上げてきた。
「……拓巳、好き」
心の中で呟いていたはずの言葉がこぼれる。
言葉に出すと、どうしようもない思いは行き場をなくしていく。
乾ききった身体に流し込むように水を飲み干し、まだ気だるさの残る下肢で立ち上がる。
と思いきや、立ち上がったはずの身体はバランスを崩し、何かに引き寄せられた。
微かなうめき声と一緒に背後から首元へと腕が巻きついてくる。
「……拓…」
「今何時?」
半分目を閉じたような状態の彼が掠れた声を出す。
「6時55分だよ。……おはよう」
「おはよ。さっきから起きてる」
むくりと体勢を整えながら、目をこすっている。
さっきって…。
小さな心臓の鼓動を感じた途端、コツンと大きくて長い指が私の額に当てられる。
「いったん目覚めてたけど、このベッド気持ちいいし横になってたんだよ」
「そうなんだ」
「6時ごろに俺がベッドから出たのも知らなさそうだな」
「……うん。寝てた」
同じボディソープとシャンプーを使ったはずなのに、抱き寄せられると拓巳自身の香りに包まれているようだった。
「明香里」
「ん?」
「昨日言ってたの、本気?」
「俺のこと好きなのに、もう会いたくないの?」
胸の奥がどくっと波打つ。
顔を見なくても、表情が見透かされているような気分になる。
私、みっともない。やっぱりさっきの聞こえてたんだ。拓巳、横になってただけだったんだ。
「……うん。ごめん」
声が震えて言葉が出てこない。
「なんで謝んの」
私たちが最初に繋がったのは身体。今も繋いでいるのは身体があるから。
心は、私のただの独りよがり。
それに、私は怖いんだ。もう恋愛で相手と向き合って傷つくのが怖いだけ。だから、拓巳が好きだと気付いている今も、逃げようとしている。臆病者。
「……好きになっちゃったから。どうせもうあんまり会えなくなっちゃうし。今ならまだなんとかなるから。諦めつくと思った。私から身体だけならいいかも、って言ったくせにバカだよね。……だから拓巳は」
遮るように、拓巳が私の身体の向きを変え、抱え込んでくる。
「俺、明香里のこと好きだよ」
身体に伝わる体温と、耳元に落ちてくるその言葉。
何かの呪文のように頭の中で繰り返される。
「……気、遣わないで」
「なんで俺がお前に気遣うんだよ。明香里が好きだから好きって言ってんの」
「……嘘だ。拓巳らしくない」
絞り出すように口を開く。
もう誰も好きにならないほうが楽ってわかってるのに、本当なんで好きになっちゃうんだろう。きっと、自業自得なんだ。都合よく彼の優しさに甘えたから。
お互いの条件が一致したからそれでちょうど良いや、なんて思って。