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N県警察
【サスペンス 推理小説】

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N県警察〜粛正の夏・黒崎幸雄の章〜-1

 N県警察本庁舎は5階建てで、2階が警務部と警備部、3階が交通部、4階は生活安全部、そして5階は刑事部のフロアとなっている。
 黒崎幸雄は、刑事部長室の窓から陽の落ちた街を見下ろしていた。
 途切れる事の無い車の流れ。定期的に走り抜ける路面電車。仕事を終え、何処かの飲み屋へ繰り出そうとしている若者達…。
 長かった。
 3ヶ月前、ようやくこの部屋に辿り着いた。35年もの月日を費やした。
 58歳。警視正。
 N県警の各部長は、警務部と警備部が国家公務員?種採用試験合格者、俗に言う警察庁キャリア組の若手が就任する。
 残りの交通、生活安全、刑事の各部は地方公務員、地元ノンキャリア組の伝統的なポストだ。刑事部はその中でも最高ポストとなっている。
 この日、黒崎はその権力を存分に使った。



 一格下の交通部長・仁科を叩き落とした。
 通常、本部長を除いてN県警察本部の各部長は、警視正以上の階級の者が就く。警視正は警察庁人事の国家公務員だ。N県警の警視から警視正に昇進した場合も、手続き上はN県警を一旦退職して、警察庁に再就職するという形になる。
 警視正はただの警察官では無い。行政官でもある。県民だけではなく、N県警の職員3500名の生活をも守らねばならないのだ。
 事もあろうに仁科は、その職務を見失い、己の利益の為だけに「警視正」「交通部長」というカードを使った。
「息子の犯した性犯罪を揉み消せ」
 正午過ぎ、光ヶ丘署の松田から、仁科にそう言われたと報告を受けた。松田は良心の可責に耐えられなかったのだろう。報告の最後には、被害者の女性の名前も付け加えた。
 桜井由美子。黒崎はその名前を聞いて愕然とした。
 黒崎には妻がいるが、子宝には恵まれなかった。だからだろう、姪の由美子を幼い頃から可愛がってきた。
 可愛くて可愛くて仕方がなかった姪。その姪を傷付け、あろうことかこの事実を隠蔽しようとする仁科親子。
 豚野郎が!
 絶対に逮捕する。
 心に決めた。
 幹部逮捕となると、マスコミはここぞとばかりにN県警を叩くだろう。
 『県警史上に残る不祥事』『職権濫用ふざけるな』『県警幹部の一掃を』
 翌日の新聞の見出しが頭に浮かぶ。
 だが━━。
 犯罪に与するわけにはいかない。
 刑事部長として、叔父としてこの事態を看過出来なかった。

 黒崎は、光ヶ丘署で署長を除いて唯1人の事件認知者である都築を呼んだ。
 都築も怒っていた。2人でN地方裁判所へ向かった。常に法務省や検察庁と折衝をとっていなければならず、多忙極める刑事部長が令状請求の為に地裁に直々に来るなど、極めて異例の事だった。


 強制猥褻罪。逮捕状の罪状はこれだった。
 そして、黒崎はもう1つの逮捕状をとった。
 特別公務員職権濫用罪。
 都築が裕明を逮捕したとほぼ同時刻の、午後4時過ぎ。
 黒崎は本部に戻り、交通部長室のソファに寝転がり書類を眺めていた仁科に逮捕状を突き付けた。
 顔面はみるみるうちに蒼白になっていき、二重顎が三重にも四重にもなるようにうなだれた。


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