ブックエンドと君の名前-1
『私は現場リポーターとして、24年間当局に従事してまいりました。24年――私の人生のちょうど半分です。長いか短いかっていったらそれはもう長いです。うん。あと一年経てば四分の一世紀ですからね。我ながら歴史的な感慨がありますよ』
中澤はソファーに深く腰をかけて、テレビ画面に映るニュース番組をぼんやりと眺めていた。でもそれはニュース番組というにはあまりに個人的で感情的な内容であった。テレビ画面の右上には小さく『ライブ』とある。『速報』からはじまるテロップもある。当然カメラもあるし、くたびれた太り方をした中年のリポーターもいる。でもリポーターの身の上話を延々と放送する番組なんて今までにあっただろうか? こんなのはニュース番組じゃない、と中澤は思った。
『本当は私、コラムニストになりたかったんです。雑誌とか新聞とかの片隅に、日ごろ思い耽った色々なことを書いてのんびり暮らすんです。いや、のんびりなんて言ったら怒られますね。でもコラムニストが暇人だとか、そんなつもりで言ったんじゃないですよ。もちろん実際にはとても忙しい職業なのかもしれない。あちこち取材に行かなきゃならんかもしれないし、こまごまとした締め切りに追われる日々なのかもしれない。でもいいじゃないですか。実際的なことは、いいんです。漠然とした憧れですよ。そういうのって素敵だと思いませんか。叶わない夢って本当に平和で素敵だと思うんです』
カメラは回り続ける。
『でもね、叶ってしまったら、そこで夢は終わりです。夢が終われば私らは目覚めます。そして驚くんです。なんだい、現実ってのはこんなにも寂れてみっともないものなのかい、って』
カメラは彼の個人的な語りを容認する。
『だから、良かったんじゃないでしょうか』
リポーターはカメラから目を逸らして、ため息をついた。そして深く沈んだトーンで最後に言った。
『みんな夢を見たままで』
唐突にテレビ画面は死んだ。中澤は真っ青になった画面をしばらく眺めたが、いくら待ってもそこにある単色は身じろぎひとつとらなかったのでやがて諦めた。のそのそと歩み寄ってテレビのコンセントを抜き、画面はより深く死んだ。
――だから、良かったんじゃないでしょうか。みんな夢を見たままで。
そうだね、と中澤は思った。いつ来るとも分からない死に怯えるよりは、こうして明確なラインを引いてもらったほうが気は楽だ。そうだ、良かったじゃないか。
「少なくとも、平等だ」
中澤はグラスに指一本ぶん残ったストレートのウィスキーを二口で飲み干し、目を閉じ、体中にアルコールを染み込ませるように長い、長い深呼吸をした。
それは何ヶ月も前から話題になっていることだった。当初は噂に過ぎなかったのだが、日数が経つにつれて噂は一歩、また一歩と着実に確信の領域へ歩みを進めていった。そして二日前、それはすでに噂でも確信でもなくなっていた。ひとつの決定事項となって人類の前に提示されたのだ。
『隕石の軌道に変化はなく』、と時間外速報は始めた。その不吉な知らせはいくつかの言語に同時通訳されていたが、そこに日本語は含まれていなかった。中澤が見ていたのは画面の下部に現れては消えていく日本語の字幕だけだった。『隕石の軌道に変化はなく、計算上では127時間後に地球と衝突する。衝突による被害の程度は予測できないがまず生き残る陸上生物はない。対策は考えに考えつくし、今もなお考え抜いているが、今のところの結論として、生き残ることよりも残りの五日間を精一杯に、未練なく生き抜くことに努めてほしいと懇願せざるを得ない。
どうか私利私欲に走らず、最後まで思いやりの心を忘れないでほしい。産まれたことに感謝し、今日という生ある一日を喜び、隣人を愛そう。我々にはそれができるはずだ』