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ブックエンドと君の名前
【純文学 その他小説】

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ブックエンドと君の名前-2

 画面の中で大げさなブーケみたいに束ねられたマイクに向かって喋っていたのは、禿げ上がった頭の側面に漂白して褪せてしまったような金髪をくっつけた白人の中年だった。彼はダークグレーのスーツを着て、薄い縁の眼鏡をかけ、その奥には諦観ともとれる力のない表情を浮かべた青い瞳を一対つけていた。彼だって本当はもっと楽しい話題を知らせたかったに違いないのだ。世界に向かって。

 隕石の到来はもう三日後に迫っていたが、中澤は驚くほど平穏な精神で日々を過ごしていた。まるで目の前に終わりが迫っているということを知らないかのように。しかしもちろん中澤は知っていた。彼はニュースと酒が何よりも好きだった。ニュースを見ながら酒が飲めるなら申し分なかった。その隕石のニュースを見ていたときも、ソファーに腰をかけて冷えたルシアンコークを飲みながら入れ替わったアナウンサーはいないかと目の見張らせていたものだった。

 構うもんか、と中澤は思った。いずれみんな死ぬんだ。申し合わせていたみたいにきっちり死ぬ。それがちょっと早まったってだけの話じゃないか。一向に構わない。終わりはいつでも我々の隣にいるし、終わりは未練のことなんて全然考えていない。すっと現れて、すっと奪っていくだけだ。ちょうどグラスに残ったコーラを(ルシアンコークを飲み干す)、一息に飲むみたいに。誰がコーラの未練を尊重する? それだけのこと、僕は全然怖くない。

 彼はあくまでいつも通りの生活を貫いた。まるで残りの日数を黙殺しているかのような人為的な日々だったが、なんにせよそのようにして二日という時間が彼の目の前を通り過ぎ、今日に至り、終わりは三日後に迫る。

 中澤はオムレツとトマトソースを作り、パスタを茹でて昼食にそれを食べた。時刻は一時に近く、季節は冬に近かった。ウィスキーの瓶を並べている出窓から外の風景を眺めることができる。空は高く晴れている。多少は雲もある。秋のあいだにひとしきり暖色に染まり尽くした街道の木々の葉はあらかた落ち、整然と塗り固められた黒いアスファルトの上で死んだように乾いていた。枯葉を踏みつける者はない。かつて血液のように絶え間なく流れていた輸送トラックや外国車はここ数日の内に一斉に姿を消した。中澤の部屋から見下ろすことのできる街道には生命らしきものがひとつも見当たらない。一時間ほど眺めているが、そのあいだに街道を通ったのは一組の老夫婦だけだった。老夫婦は長いマフラーと手袋を身につけ、ふたり揃ってブラウンのセーターを着込み、一歩一歩を愛おしそうにゆっくりと歩いた。おばあちゃんのほうが街道の中央に並ぶ雑木林のてっぺんを指差し、何か言い、おじいちゃんのほうがそっちを見て頷いて、何か言った。彼らの目の前に続く街道は、はるか昔から引っ張ってきた平和な物語の続きのように、疑いようのない幸福な地点へと繋がっているように中澤には思えた。

 掛け時計の針が二時を回ると、中澤は老夫婦が着ていたものに近い色のブラウンのセーターを着て家を出た。それは彼の日課だった。昼食を食べてから家を出て、しばらく近所を散歩して夕方に帰ってくる。今に始まったことではない。昔から彼はそうやって日々を過ごしていたし、たとえ三日後に隕石がやって来て日々をもぎ取っていくとしても、突然その日課をやめて違うことをする気にはなれなかった。いいじゃないか、と中澤は思った。いつ現れるか分からない終わりに怯えるよりは、残り三日に設定された平和な日常を味わえるほうがずっと潔い。なんてことないさ、三日もある。明日になったって、あと二日もある。彼はおおむね楽観的な解釈をすることに決めているようだった。


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