上の娘-1
何年も暮らしていれば、嫌いな相手であろうが人間は慣れてくる。女と貴道とは、傍目からはどう見ても夫婦であったし、貴道のいわゆるGelassenheit が、女の幻想を現実化しているのだとも言えた。
女が貴道にかける幻想、貴道が少女にかける幻想。体にすら触れたのに満たされず、幻想は居座ったまま人を呼ぶ。予感されるのは、少女が貴道を訴え、貴道は女を訴える近未来の地獄絵図だった。
「あした上の娘が来たいって言ってるの。」
「上の娘?」
「言ってなかったかしら。あの子の上に二人まだ娘がいるのよ。高校一年生と中学二年生。上は寮に、下は前の夫と住んでるのよ。」
「初耳ですよ。」
女がいくつの時の子だろうと貴道は考えた。高校生くらいである筈だ。女の過去を貴道はほとんど知らない。愛のない故の無関心からだった。
「じゃあ、僕は外に出てますよ。」
「二、三日泊まるつもりなの。」
「僕が来客嫌いなのを知ってるくせに。」
「ここはあたしの家だし、客じゃなくて娘たちだもの。」
「部屋にすっこんでるから、適当にやってくださいよ。」
敬語で今でも話す貴道は、心の距離を示したいためだったが、女は昔の時代の家族になぞらえて、貴道の態度を理解していた。
少女はすぐ上の姉と仲が良いそうで、よく連絡を取り合っており、例の行為のことも話してあるらしいと女は言った。貴道は辟易の思いだったけれども、娘二人分の新しい下着が手に入る期待を拠り所に、あしたを待つことにした。
金曜日の晩、二人の娘は一緒に訪れた。貴道はわざとフィットネスクラブに行って遅く帰った。
「こんばんは。初めまして。関と言います。」相手は子供なのだと思い、努めて明るく挨拶した。
「スヴェトラーナです。よろしく。」
知らない人に取る距離だという顔の、上の娘の横で
「パウリーナです。よろしく。」
あの行為を知っている下の娘も、貴道に明るく笑って手を差し伸べた。
二人とも背は高くなかった。娘三人、あまり変わらないくらいに見えた。しかしアイススケートをずっと習ってきているという体つきは美しかった。母親に一番似ているスヴェトラーナは胸も大きかった。貴道を除けばただひとり黒髪に近いパウリーナは、女家族が並ぶと大変目立った。
距離の取り方も話す内容を選ぶのも面倒だったので貴道は早々に部屋へ引きこもった。読書のできる時間だと肯定的に捉えた。
夕食時、部屋の貴道は却っていたたまれない思いがして、女たちとテーブルに着いた。驚いたことに女たちは全員酒を飲んだ。一番下のリディヤまでが飲んだのであった。家族が集まるときの慣例だと母のナデージダが言った。
飲んでしまうと下らない話もできる貴道には、この場にそれなりの楽しさを感じることができた。リディヤとはやはり話さなかった。ときたまパウリーナが、貴道の話に返事をするようリディヤに会話を差し向けた。
二時間も経ったころ、貴道は言った。
「疲れてるから僕はもう寝るよ。まあ、楽しんでください。」
貴道は仕事を果たした気分だった。
「あたし達も疲れたから寝ようか。」
パウリーナがスヴェトラーナに聞くと、
「そうね。あしたはゆっくりできるし。」
「じゃあ、もうテーブルもこのままにして寝ちゃおうか。」
母の言葉を最後に、みな立ち上がり、部屋に分かれていった。母とスヴェトラーナの談笑する声が遅くまで、寝床の貴道に聞こえてきた。