幼なじみ 橘美咲・前編-2
美咲と話をしていると、周囲の連中が俺たちの方をチラチラ見ているのに気がついた。
いや、正確に言えば、彼らが見ているのは、俺じゃなくて美咲。
一年生の女子などは柱の陰から憧れの目で見つめ、三年の先輩たちは熱い視線で美咲を見ている。
まあ、美咲が学校に来るのはひさしぶりだからな。
そして、美咲は有名人。
何を隠そう、俺の幼なじみの橘美咲は、10代の圧倒的支持を集めている大人気シンガーソングライターなのだ。
橘美咲がギター一本でテレビの音楽番組に登場したのは、ちょうど一年前だった。
歌った曲は『大好き!』。
この曲が披露されるや、十代の女の子を中心に、「歌詞がせつない」「片思いしている女の子の気持ちがひしひしと伝わってくる」といった評判が広がり、『大好き!』は、ぐんぐんランクアップして、ついにオリコン1位になった。
続く、2作目、3作目も大ヒット。
同時に、その可愛らしいルックスが野郎ファンの熱狂的な支持を集め、橘美咲は一躍、CM5本、全国ツアーのチケットが即完売の大スターにのし上がった。
悪口ばかりが書かれるネットの掲示板での評判も高かった。
>橘美咲、可愛い! サイコー!
>あの時々、はにかんだような顔がいいんだよな
>おっぱいは隠れ巨乳と見ました。Fカップ確定。
>美咲ちゃん、今でも公立のT高校に通ってるらしいぜ。
>じゃあ、T高校で待ってれば会えるの?
>いや、最近はほとんど学校に通ってないらしい。
>制服姿の美咲ちゃんの画像貼っとくよ。
>パンチラ画像希望!
>美咲ちゃんはガードが堅くて、今までパンティの露出ゼロ。
>悩んでます。た、橘美咲はヴァージンでしょうか?
>芸能界にいるんだから、あれだけ可愛ければ、誰かにヤラれてる。
>J方面の山崎とウワサがあるけど、情報ない?
>山崎に貫通させられたって話、聞いたことある。
>や、山崎、許せん!
後半の部分はどうでもいいが、ともかく美咲は手の届かない別世界に行ってしまった。
随分、女っぽくなっているし、J事務所のアイドル山崎にヤラれてしまったというのも確かだろう。
山崎にヤラれている美咲を想像すると、なぜか胸が痛む。
山崎なんてルックスが良いだけでチャラそうだから、絶対ダマされてると思ってしまう。
まあ、俺にはどうでもいいことだけど……。
ぼんやり、そんなことを考えていると、美咲が顔をのぞき込んできた。
「祐ちゃん、今、全国ツアーが終わって一段落したんだ。あとは今度の日曜日のJ・POPフェスだけなんだけど、それが終わったらウチに遊びに来ない?」
「え……、いいよ」
「どうして? 中学の時は毎日来てたじゃない? 祐ちゃんの好きなクッキー焼いてあげるからさ」
「だって、お前、ツアーで疲れてんだろう?」
「何よ? 鈴木さんに私といっしょにいる所、見られるの、イヤ?」
「そういうことじゃなくてさ」
美咲は昔の幼なじみの関係にこだわっているようだけど、俺は距離を置いた方がいいと思ってる。
住む世界が違うし、美咲はもっと大きな未来に羽ばたいていける存在だからだ。
それに美咲といると、自分があまりにちっぽけでイヤになるんだよな。片や十代のカリスマの大人気シンガーソングライター、片やオナニーばかりしているチンカス野郎……。
「じゃあな。俺、これから武田と打ち合わせなんだよ」
「打ち合わせ?」
「今度の日曜日、アキバにエロゲーを買いにいく予定でさ」
「……そうなの? 日曜日のJ・POPフェスにも来てもらおうって思って、チケット持ってきたんだけど。もしよかったら武田君の分も用意するよ」
「ごめん。せっかくだけど、行けないや。アキバから武田といっしょに応援してるよ。がんばれよ」
「……ありがとう」
そのまま踵を返して歩いていった。
美咲はなぜか泣きそうな顔をしていた。誘いを断ったことがショックだったのだろうか? 俺なんかいてもいなくても同じなのに。エロゲーの話をすれば引いて軽蔑してくれると思ったが、そこには何の反応もなかった。
俺は足を止めて、チラッと後ろを見た。
美咲はうつむいて廊下を見つめていた。