『ティースプーンの天秤』-8
小説のいいところは、ハッピーエンドが可能なところだ。
僕は思う。人生というものには、幸福な瞬間はあっても、ハッピーエンドなんてものは有り得ないのだ。人生を続けている限り『終わり』は来ない。ハッピーエンドがあるとしたら、それは人生からは切り離された場所にある。世界は間断なく動き続けているのだ。
これで僕のこの小説はとりあえずの終わりを迎える。
この小説は、楽しい物語ではないかもしれない。読んだ人に感動を与えるものでもない。まして格調高い文学とはとても言えない。誰かに贈るメッセージでもない。
それでもこれは僕の物語だ。僕の物語としてここに存在している。
文字を書くことのできないペンには何の価値もない。
文字を消すことの出来ない消しゴムにも何の価値もない。
何故ならそれがペンの、消しゴムの、存在理由だからだ。
でも。
僕は思う。人生というものには存在理由などというものは無くたっていいはずだ。
それと同じ理由で、この小説には価値が残されていると信じている。
それに、
僕のこの物語はまだ終わってはいないのだ。僕がここで筆を置いたところで、形而上的な僕が形而上的なペンで形而上的な紙にこの小説の続きを書き続けている。
ハッピーエンドはまだやってこない。でも
大丈夫、時計は順調に回り続けている。