『Determined Miracle〜藍田咲子の長い一日〜』-4
彼の一言一挙動で、こんなに上下してしまう私のテンション。
神崎瞳も味わっているのだろうか。
この痛みと甘さを。
「知ってる?藍田。」
笹木がいたずらっぽく笑うと窓の外の裏山を指差した。
「あそこに白い社〈やしろ〉が見えるじゃん。あれに向けて、校舎から白い紙で作ったボールに願い事を書いて投げると、その願いは叶うんだって。」
「なにそれ?」
そんなものは聞いたことがなかった。
だいたいそんな話、皆が知っていたら皆で白い紙を投げまくって、裏山は白い紙のボールだらけとなるだろう。
「うちの部活のショートで代々秘密裏に伝わってきた伝説。ここからあそこまで、けっこうな距離があるだろ?失敗したら願い事も叶わない。だからあんまり試す人間はいないんだって。」
神妙に笹木は説明した。
そんな部活の中だって秘密裏な話なら私が知っているわけないじゃないか。
「俺、試してみようかな。」
そう言うが早いか、笹木は自分の進路調査表になにやら書き込み、カウンターにあったガムテープでグルグル巻きにして重みをつけると、綺麗なホームでそれを窓の外に投げた。
見事、それは木々の間に吸い込まれていく。
「さすが野球部。」
私が感心していると、
「ほら、藍田も早く書けよ。俺が投げてやるから。」
進路調査表が広げられる。
と同時に、次の授業開始の鐘がけたたましく鳴った。
「急げよ。」
あまりに急かされ、急ぎ過ぎて、私はパニックになった。
そして、『笹木と一緒の大学に行きたい』という本音だけが頭に浮かぶ。
私がその
『笹木と一緒』
という文字を書いた途中で、それは取り上げられた。
「あっ」
抗議する間もなく、ガムテープでグルグル巻きにされ、窓の外に飛んでいく。それも綺麗に木々の中に吸い込まれていった。
「途中だったのに。」
「ってかタイムオーバー。走るぞ。」
笹木は私の荷物を抱えると、ダッシュした。
早すぎて付いていけず、ひいひい言いながら走ると、教室の前で先生に出くわした。
「ほら早く入れ。始めるぞ。」
先生に促されて席に着くと、そこには既に笹木が運んでくれた私の鞄が無造作に置いてあった。