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七月のある土曜日の昼、駅前の広場のロータリーに停車した車の中から、制服姿の少女たちを注意深く観察する二人の男の姿があった。二人とも多少口角が上がってニヤついているように見えるが、サングラスをかけており、完全な表情をうかがい知ることはできない。
ここは県内でも五本の指に入る大きな都市にある駅で、三本の鉄道が乗り入れ、つい数年前には大型ショッピングモールができ、朝から晩まで人の行き来が絶えることはほとんどない。特に、平日の夕方と土曜日の昼間は、付近の私立女子校の制服を来た多くの少女たちが闊歩している。
「ったく……早く通らねえかなぁ。待つのは嫌いな方なんだよ」
運転席に座る男がうんざりした様子で隣の男に話しかける
「まぁ、待ってろや。そろそろ通るはずだ」
そう言ってイライラする運転席の男をなだめながら、助手席の男は歩道の制服姿の少女たちの顔を確認している。停車しているにもかかわらず、律儀にシートベルトをしている。その手元には一人の少女の写った写真が握られている。
運転席に座る男の名前はAといって、この町に本社を置く大手製薬会社の経営者の男だ。十年前に、三十代後半の若さで父から会社を譲られて以来、基本的には保守的な姿勢でありながらも小規模な改革を行い、会社の業績を飛躍的に伸ばすことに成功している。おかげで社員や株主からの信頼も厚い。私人としては、美人の妻と二人の子宝に恵まれており、休日には近郊のテーマパークや水族館に家族で訪れているのがよく目撃され、公私ともに充実した生活を送っている。
しかし、彼には誰一人として見せることの無い裏の顔があった。
助手席に座っている男はB。彼はこの地域の大地主の家系に生まれ、複数の不動産会社を経営していた。その後、四十を過ぎてからは政界に身を投じ、見事に県議員のバッジを得た。元々、彼の家系は多数の政治家を出しており、さすがに総理経験者はいないものの、過去には内務大臣や農林水産大臣を輩出している名門の一族でもある。妻子はいないものの、年老いた両親と、彼が幼い時から寝食を共にしてきた数人の使用人と共に町外れの、築百数十年のどっしりとした豪邸で暮らしている。県議としての評判を良く、特に子供への養育費の援助を政策として打ち出すなどしたため、子供を持つ親たちからの人気は絶大なものとなっている。
しかし、やはり彼も家族にすら見せない裏の顔を持っていた。
「来たぞ」
「やっとか」
十数分後、写真に写っている少女が、彼らの車のすぐ隣の歩道をイヤホンをしながら通り過ぎて行った。その少女を見てBは舌なめずりをし、隣のAは車のエンジンをかける。
「さぁて、善良な経営者から邪悪な誘拐犯になりますかな」
Aはゆっくりと徐行で通り過ぎて行った少女に再び近づいていった。その脇では、シートベルトを外したBがハンカチに怪しげな薬品を垂らしていた……。