カノン-5
羽柴 潤が慌てふためきながら、とりあえず俺ん家すぐそこだからと言ってわたしの腕をとった。
わたしは涙を拭いながら、羽柴 潤に引きずられるように歩いて行った。
胸が痛い。
心が張り裂けそうって、こういうことなんだ……。こんなにつらいなんて。
「俺ん家で話聞くから。親働いてて今まだいない時間だし、兄貴も今日バイトで遅くなるから気兼ねとかいらないから。俺がぜんぶ受け止めるから」
まだ何も話していないのに、全面的にわたしのみかたをしてくれている羽柴 潤がなんだかおかしくて──嬉しかった。
羽柴 潤の家は白い箱を思わせるようなモダンな印象の一軒屋だった。
彼の部屋も外観同様、明るく清潔感に溢れていた。
珈琲を淹れるからと言って、羽柴 潤はわたしを残して部屋を出て行った。
わたしはぼんやりと突っ立ったまま、なんとなく彼の勉強机に視線を落とした。
きちんと片付けられた机。
ノートの上に置かれた萩原朔太郎の詩集に意外な印象を受けた。
その向こうに、ガラスをあわせたシンプルな写真立てが置かれていた。
「綺麗……」
写っていたのは、雪のように白い1匹の猫。まるで高級な毛皮のコートを着ているかのよう。やわらかそうなふわふわの毛の感じがじゅうぶんに伝わってくる。
まるい前足、ビー玉のような目。
とても美しい猫だと思った。
「花音ちゃん、珈琲淹れてきたよ」
羽柴 潤がのんびりと言いながら部屋に入ってきた。
ほっとするような珈琲の香りが広がっていく。
「その子ね、うちで昔飼ってた猫なんだ」
わたしの視線に気づいた羽柴 潤が言った。
わたしは、名前はと聞いた。
「カノン」
羽柴 潤がそう言って照れたように笑った。
「入学式の日にカノンって呼ばれた女の子を見たとき、正直俺びっくりして一瞬呼吸がとまった。それから、花音ちゃんのことが気になって気になって仕方がなくなった」
羽柴 潤がとても優しい顔をして写真の中のカノンちゃんを見つめる。
わたしはこんなに綺麗で可愛くて愛されているカノンちゃんと同じ名前だなんて光栄だわと言った。
ほんとうに綺麗な、上品な雰囲気のある白猫。
「キッカケはそんな感じだったんだけど、今はほんとうに花音ちゃんのことが好きだし大切に思ってるからさあ……話せそうなら話して? 心配してる。何があった?」
わたしは羽柴 潤に促されるまま、羽柴 潤とテーブルの角を挟んで隣り合うように座り、珈琲を受け取った。
「ありがとう。──ちょっとね、びっくりすることがあって。びっくりして……それからショックだった」