卒業のその後に-3
自分の部屋のベッドに座り、それらの場面場面を思い浮かべた陽子は、自分では気にも留めない小さな事まで、悠子が大切な思い出と書いてくれていた事に胸が熱くなり、溢れた涙が次々に零れ落ちた。
「悠子…」
そして、この後に続くであろう内容を想像し、涙で溢れた顔を両手で覆った。
星司は手紙から伝えわってくる悠子の自分に対する想いの深さをひしひしと感じていた。そして星司自身も悠子に対する愛情の深さを今更ながらに痛感していた。
しかし、手紙から伝わる悠子の想いを感じる一方で、それらとは別の『決意』の強さを感じ取り、手紙を持つ手の震えが止まらなかった。
「悠子…」
堪らなくなった星司は、手から伝わる震える文字から逃れるように、目を閉じた。
手紙を前にしばらく躊躇していた2人だったが、悠子の『想い』の詰まった手紙から逃れるわけにいかず、意を決して手紙を読み進めた。
―散々考えたけど、あたしにとって一番いい選択をしました。
もし、あたしが各務家に入ったら、当然星司くんに頼り切ってしまいます。その結果、あたしは弱いあたしのままで、人としての成長はありません。気が弱いくせに変にプライドが高いあたしは、そんな自分自身が絶対に嫌になるはずです。
それとプライバシーの保てない家庭環境にはとても我慢できそうにもありません。あたしは現代人です。そんな窮屈な生活をしたくはありませんし、そんなあたしの陰湿な思いをくみ取った星司くんが、いつまでも愛し続けてくれるはずないと思います。
あたしが各務家に入らなければ、お互いにそんな諸々の思いはしなくて済むと思います。
正直に書くと、そんな事を考えていたら、段々星司くんに対する愛情も本当だったのか自身が持てなくなりました。若しかして甘やかしてくれる星司くんの心地良さを愛情と勘違いしてたんじゃないのかと…。
だからあたしは散々考えた結果、星司くんと別れる事にしました。
身勝手なあたしを許して欲しいとは思いません。本当はお2人にお会いしてお話すれば良かったのですが、ずるいあたしにはその勇気が持てずこんな形をとってしまいました。
今まで、こんな我儘なあたしにお付き合いいただいてありがとうございました。そして最後まで我儘なままでごめんなさい。悠子―
手紙を読み終えた星司はギュッと目を閉じた。
悠子がこんな考えをする女でない事は、星司には痛いほどわかっていた。陽子の秘めたる想いを知らなかったとはいえ、2人の恋人関係がどれほど陽子を傷つけていたのかと、悠子は反省し続けていたのだろう。
そして、陽子が自分を吹っ切るために、新たに見出した『自分の能力を発揮する会社を作る』といった生きがいを、また自分と悠子が奪ってしまう事に、悠子は堪えられなかったのだろう。悠子はそんな考えをする女だ。
そう思った星司はがっくりと項垂れた。結局悠子にはその選択をするしかなかった事も理解ができてしまい、また、それに対して無力な自分が無性に悲しくなった。
「こんなの嘘よ―――!」
隣の部屋から、同じ内容の手紙を読んだであろう陽子の絶叫が聞こえてきた。慟哭する陽子もそれを理解している事が星司には痛いほどわかり、更に悲しさが増していった。
陽子の咽び泣きをしばらく聞いていながらも、それでも星司はある決心をした。
「陽子…ごめん…」
星司の閉じた瞼の裏に、その時見せるであろう姉の泣き顔が浮かんだが、それをふっ切るように閉じた瞼にギュッと力を込めた。