〜 国語・演劇 〜-1
〜 29番の国語 ・ 演劇 〜
国語学習の成果を発表する機会として、学園では『演劇』に取り組む。 Aグレード生は本格的な現代劇を、Bグレード生は創作脚本による集団劇を、Cグレード生は1人で全てを演じる『独演』を行う。
演目はそれぞれ教員から2つずつ与えられる。 1つは旧世紀の風俗を取り入れた『落語』で、もう1つはシェイクスピア作品のような古典の一幕を演じる『場面独白』だ。
『落語』では演出が鍵になる。 うどんを啜る音や太鼓をたたく音、財布を取りだしたりしまったりする仕草、全て扇子と手ぬぐいで演出していたという。 それを現在に生きる私達は、全て自身の裸体を使って演出しなければいけない。 例えば風が納戸を叩く様子は放屁でもって、蕎麦を呑む場面は自分の放尿と飲尿によって、という具合だ。
『古典の一幕』では作品への没入がポイントという。 全ての台詞を掘り下げて暗記した上で、どんな要求をされてもぶれることなく表現するには、何よりも没入が有効だ。 発表する段になると私達は眼鏡をつけさせられる。 眼鏡の内側に外部からの指示を投影するという、特殊な眼鏡だ。 真剣に演技をしながら、同時に眼鏡に浮かんだ指示を実行する。 指示を出すのは当日鑑賞に訪れた教員や、学園の先輩であるAグループ生だ。 どんな指示を出されるのかは、演じてみなければ分からない。
最後まで演技に支障をきたさずやり遂げたと認められれば、国語の単位が認定されるわけだが、例年一発合格を貰える生徒は三分の一にみたないという。 Bグループに進級するにあたって国語の単位は必須であり、演劇は最も大きな壁の1つだ。
私に与えられた課題は、落語が『火炎太鼓』であり、古典演劇が『ハムレット』だった。 練習は専ら『寮』で行い、授業では1時間毎に数名が演技を披露する。 何しろ自分で自分の演技を判断するわけにはいかないし、どれくらい無様に演じれば合格が貰えるのかも不明なので、最初の内はまったくの手さぐりだ。 それでも他のクラスメイトに浴びせられる教官の罵声や、寮で先輩の経験談を聞いたりするうちに、演技の方向性は見えてくる。 1人では二進(にっち)も三進(さっち)も進まなかった私でも、数度にわたる授業中の演技披露と、B29番先輩のアドバイスを経て、それなりに覚悟は据わっていった。
今回は、私にとって数度目の、教室における演技披露だ。
……。
落語、題目は『火炎太鼓』だ。 旧世紀・元号昭和の古今亭志ん生様を下敷きに、入りから下げまで、一通り演れるようにはなっている。
「29番。 はじめなさい」
「はい!」
三味線のような風流はない。 教官によるのっぺりした声を合図に、高座代わりの教壇に登る。 蹲踞(そんきょ)をとって爪先を伸ばし、お尻と踵をくっつける。 上体を反らして胸をはり、膝を開いて股間をまっすぐクラス全体におっぴろげる。 手は自由に動かしていい分、第二姿勢よりバランスはとりやすい。 これが私たちの落語をする姿勢で、殿方のように正座することは許されない。
「え〜、落語というものは、洒落が固まったようなものが落語でございましてな、洒落というものは、これは世の中にどれほど活躍するかしれません。 洒落を言って通じないってえと、なんだあの野郎は、なんてことになるわけで、えぇ、洒落というものは面白いもんでございます――」
演目の最中は、言葉遣いに遠慮をせずに済む。 『野郎』だなんて、殿方に対して使おうものなら即座に処分されて当然の言葉だ。 特別な授業中だから許されているに過ぎない。
手を振ったり肩を動かしたり、乳房を小刻みに震わせたりして感情を表にだしながら話す。 表情も大切だ。 大袈裟に表情筋を動かし、首を傾げながら言葉を紡ぐ。 ただし下半身は別だ。 落語の最中は一切腰から下は動かさない。 あくまで牝の本性である濡れた股間を晒すことで、落語を演じつつも、最低な自分の身分を自覚していることを証明する。 淫汁で濡れそぼった膣を公開するのは、いわば牝としての最低限のマナーだそうだ。 話者の交替も上半身だけで表現しなければいけないので、腰は最初から最後までクイクイと縊れっぱなしになる。
話は進み、丁稚(でっち)に古道具の太鼓を叩かせる場面がきた。 1つめのポイントだ。
「丁稚ッ、太鼓を表へだしてホコリをはたいてみろ。 ことによると買う人があるかもしれねえ……ねえおじさん、随分この太鼓汚い太鼓だねえ……お前はいいんだよ、そんなことは。とにかくホコリをはたきやいいんだ……何いってやんでえ、ホコリが大変だこりゃ、ドン、ドン、ドン、ドンドンドンドンドン……」
パァン、パァン、パァン、パンパンパンパンパンパン。
右の尻たぶ、左の尻たぶを交互にはたく。 何十回、いや、何百回と練習した尻叩きだ。 自分のお尻に手首を利かせ、いい音色がでるまで叩き続ける。 なにしろこの音色を聞いた大名様が、太鼓の正体が逸品であることに気づく場面だ。 相応の音色でなくては誰も納得しない。
スパァン、スパァン、スパァン。
スナップを加え、勢いをつける。 下半身を動かしてはいけないので、手の勢いに合わせて僅かにお尻をつきだし、叩きながらバランスをとる。 体育で鍛えた身体だからこそできる、しなやかな、それでいて果てしなく無様な演技。
スパァン、スパァン、スパァン、スパァン!
何十発目だろうか。 痛みに耐えて自分のお尻を必死に打つうちに、黙って教官が首肯した。
漸く先へ進むことができる。 真っ赤になったお尻は熱が籠り、掌も含めて火傷しそうに火照っている。