〜 国語・演劇 〜-3
「……おあとが宜しいようで」
出来るだけ上半身を下げ、会釈する。 静かな、拍手の1つもない教室。 演技をやり遂げた私への労いの言葉など、期待するだけ野暮というものだ。
全てを終えて教官から頂いた点数は50点だった。 前回の20点よりは上がったものの、合格点とされる80点には程遠い。 各演出の前に私が緊張する様子が明らかな点、小水の勢いが弱い点、下半身の固定が甘い点、尿を呑んだあと腕ではなく顔に小水を擦り付ける方が牝の身分に相応しい点、『サゲ』の放屁が聞こえなかった点……自分では精一杯やったつもりでも、教官に合格点は貰うには至らないらしい。 まだまだハシタナイ練習を続けなくちゃと思うと、覚悟をしてはいるものの、やはりどんよりしそうになる。 ダメダメ、まだ落語が終わっただけで、もう1つ演目が残っている。
……。
古典演劇『ハムレット』 難解な台詞は、正直いって、一読しても皆目中身がつかめない。 幼年学校時代に齧った言語で原典にあたり、ようやく解釈してみたものの、確たる自信には至らない。 それでも台詞は全て完璧に覚え、それなりに感情移入できるまでにはなったつもりだ。
「29番。 檀上へどうぞ」
「はい!」
教官に促され、教壇の上に直立する。 教室の前後にはスクリーンが降りていて、教官の手元が投影されている。 教官がメモに書いた指示内容がリアルタイムで映され、私を含めたクラス全員がその場で理解できる仕組みだ。
独白は第一姿勢から始まる。 私は胸をはって乳房を上向かせ、肩幅まで足を開いて後ろ手に組む。 ハムレット第3幕、独白をはじめよう。 スクリーンには、まだ何の指示も映らない。
「To be , or not to be --- that is the question ; このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。 どちらが立派な生き方だろうか、このまま心のうちに暴虐の矢弾をじっと耐え忍ぶことか、それとも寄せ来る怒涛の困難に敢然と立ち向かい、戦って終止符をうつことか」
真剣に、深刻に、深い悩みと葛藤を自分に課す。 自然に声の震えは止まり、強すぎる怒りで逆に平静さが訪れる。 一語一語に気持ちを込め、リズムをとって朗々と声を張る。
と、ここで教官の手が動いた。 スクリーンに投射される『鼻の穴を拡げる』の文字。
すかさず右手を鼻の頭にあて、これでもかと上に押し広げる。 あっという間に豚の鼻だ。
「……死ぬ、眠る、それだけだ。 眠ることによって終止符はうてる。 心の悩みにも、肉体につきまとう数々の苦しみにもだ」
声色は変えないように。 気持ちを途切れさせないように。 若干声が上擦るのは避けられないが、せめてお腹の底からしっかり声を搾るよう、みっともない自分の顔を意識せず、ハムレットの気持ちに思いを馳せる。
が、そうするうちに次の指示だ。 『鼻の両穴に親指をつっこむ』。
拡げすぎてジンジンする鼻の穴に、爪からズブリと親指を挿入する。 躊躇なんてしていられない。 鼻孔が限界まで広がって、鼻隔ごしに左右の指が擦れ合う。 他の指は所在無いので、一先ず握ってやり過ごすことにした。
「ふが……それほそねはってもないおはりではないか。 しぬ、ねむる、ねむる、おそらくはゆめほみる。 そこら、つまずくのは」
鼻先で苦悶の呻きを漏らしてしまった。 言葉の滑舌が乱れ、心はハムレットになりきっているのに、台詞はまるでマヌケな幼児だ。 あんなにも読み込んで練習しても、鼻の穴を弄られただけでこの有様。 自信をもって臨んだ発表なのに、もう心が折れそうだ。
そんな私の気持ちを察してか、教官から次の指示だ。 『両方の乳首でマスターベーション』
「……この世の患いからかろうじて逃れ、永久の眠りにつき、そこでどんな夢をみる? それがあるからためらうし、それを思うから苦しい人生をいつまでも長引かせる」
シコシコ、コリコリ。 マスターベーションというからには、乳首をしごく素振りでは済まされない。 キチンと絶頂まで自分を昂ぶらせる必要がある。 頭の中はハムレットでも、体は乳首に集中する。 先を強く摘み、捩じり、擦る。 尖り固くなる乳首に比例し、幽谷の心が劣情に侵されそうになる。 どうにか喘ぎを抑え、台詞を続けようとしても、漏れる嗚咽までは防げない。