かのかな 1日目-1
「じゃあ、留守番よろしくねー」
そうオフクロはタクシーの中から香奈に向かって言った。
「はい。任せてください、叔母さま」
にこやかに笑って香奈は言う。
うを、思わず見とれてしまいそう。
長く艶やかな黒い髪。透き通るような白い肌。おしとやかそうな立ち振る舞い。抜
群のスタイル。古い言いかただけど、まるで美しい日本人形みたいだ。
「あんたも、香奈ちゃんの言うこと、ちゃんと聞いて、おとなしくしてなさいよー」
「あ、うん」
香奈を見ていたせいか、そんなマヌケな返事をしてしまった俺。
「じゃあ、行ってくるわねー」
そう言い残し、オフクロを乗せたタクシーは走り去った。
とりあえず、1ヵ月はオヤジのところにいるつもりらしい。
つまり、1ヵ月は香奈と同じ家に住むわけで……
俺、理性もつかな?
ちょっと不安だ。
そんなことを考えて玄関先に立っていたら、振り返った香奈がにっこりと笑った。
ををぅ、そんな顔して俺を見ないでくれ。
心臓がバクバクしちまうじゃないか。
「邪魔よ」
次の瞬間、香奈が俺を蹴った。
不意を突かれた俺は、地面に尻餅をついた。
……はい?
今、なにかされた?
「そんなところに突っ立ってたら邪魔でしょ。そんなこともわからないの?」
胸の前で腕を組み、俺を見下ろしながら香奈が言った。
え? どういうこと?
「いつまで、そうしているつもり? 近所の人に見られたら、恥ずかしいでしょ。
さっさと立ちなさいよ、このグズ」
そう言って俺は蹴り倒された。
なにが起きたかわからないままでいると、玄関先に転がる俺の横を通り抜け、香奈
が家の中へ入って行った。
あれ?
なんだ、今の?
混乱したまま体を起こし、俺は蹴られた場所を押さえた。
なんか、痛いぞ。いろいろと。
突然、怒りが込み上げてきた。
うー、なんだかムカついてきたぞ!
俺は立ち上がり、家に入った。
玄関で靴を脱ぎ捨てて、ドカドカと足音を響かせて居間へ向かう。
居間へ入ると、香奈は缶ビールを飲みながらソファーに座ってテレビを見ていた。
うわ、思いっきりくつろいでるよ。
「コラッ、どういうつもりだ!」
俺は久しぶりに本気で怒鳴ったね。
「んー? なにが?」
缶ビールを飲み、リモコンでテレビ番組をザッピングしながら香奈が言った。
「どういうつもりだよ、いきなり蹴りやがって! 痛かったんだぞ!」
「だって、邪魔じゃん?」
あっさり言い捨てて、香奈は面白くもなさそうなドキュメント番組で画面を止め
た。
あー、日曜日の午後はたいした番組やってないんだよね。
って、そうじゃないし!
「邪魔だからって、蹴るかフツー!? 口で言えば済むことだろうがッ」
「あー、家畜に言葉が通じるとは思わなかったし? メンドいってゆーの?」
か、家畜ってなんですか?
もしかして俺のこと?
「家畜って、俺のことかよ?」
「アンタ以外に誰がいるっての?」
「俺は家畜じゃねえ!」
「じゃあ、奴隷だね。スゴイね。家畜から奴隷に昇格だ」
まったく感情のこもっていない声で香奈が言い捨てた。