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眠れる森の美女
【ファンタジー 官能小説】

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終章-1

 葉と葉の隙間から木漏れ日が降り注ぐ深い森の中で彼女は静かに眠っていた。まるで精巧に作られた人形が横たわっているかのようだった。寝台の周囲を取巻くようにして咲き誇る薔薇の花がその思いをなお一層強くさせる。
 (ひょっとして……魔女が死ぬのと同時に、姫も……)
 その美しさ故、余りにも作り物めいたオーロラ姫の佇まいが彼の焦燥を煽る。
だが、彼の心配は杞憂だった。神に祈りを捧げるかのように組まれた両手の上で、悩ましく盛り上がった胸の膨らみがかすかに、ゆっくりと上下している。オーロラは昏々と眠り続けたまま生きているのだ。豊かな膨らみはあの頃と何ら変わる所がない。

 彼とオーロラが初めて出会ったのはかれこれ十年も前の事になろうかというのに、彼女の美貌はあの頃のままだ。無慈悲に通り過ぎてゆく時の流れも、魔法で眠らされた彼女だけは避けて通っていったかのようだった。
 いや、実際に彼女の時間は十年前、糸車の針に指を刺されたあの瞬間から静止したままなのだ。
 十歳になったばかりのおませな少年のプロポーズに円らで大きな瞳を更に大きく見開いて暫し絶句し、薔薇の花びらのような唇に笑みを湛えて彼のプライドを傷つけぬように礼儀正しく断ったあの日の記憶が脳裏に甦る。
 「…ありがとう。とても嬉しいわ。でもね…私には、もう結婚の約束を交わした方がいるのよ…うふふふふっ、誰だと思う?……あなたのお兄様よ」

 彼女が眠っている間に、少年は逞しい青年へと成長した。国を継がねばならぬ宿命に縛られた兄とは対照的に放蕩に明け暮れた青春だった。もともと生来の性質だったのかもしれなかったが、彼を淫蕩の道に進ませた要因の一つは兄の美しいフィアンセの残酷な一言だった。その地位と金に物を言わせて国中の美しい娘達をその毒牙にかけた。
 跡継ぎの第一王子たる兄が死んだとの知らせを聞いたのは隣国の娼館にふけ込んでいる最中の事だった。どうやらオーロラ姫を眠らせた魔女との戦いに敗れて命を落としたらしい。
 妾腹と後ろ指を指され続けた彼の人生にようやくツキが回ってきたかのように思われた。
 所が事はそう容易くは進まなかった。弟王子とて、彼女にその気は無かったとはいえ彼を放蕩の道に歩ませる切っ掛けとなったあのオーロラ姫は喉から手が出る程欲しかった。だがその為にあの恐ろしい力を持った魔女と闘うなど御免被りたい。しかし父王の治める国にも大国としてのプライドがある。おめおめと第一王子を殺されたままで黙って引っ込んでいられようか。
 当然の如く弟王子には仇討が命じられた。いっその事、仇討に出かける振りをしてそのまま逐電しようかとさえ考えた王子だったが、仇討のために用意された少なからぬ路銀を有効に使い幾許かの運にも恵まれて見事に魔女を討ち果たした。
 もっともその目的のために彼が何の罪のない人々が住むのどかな村を囮にして魔女をおびき寄せ、彼が雇った傭兵と何の関係も無い村人達共々魔女を焼き殺し、あまつさえその事実を知っている数少ない生き残った者たちを己が手で殺めた事は彼だけが知る秘密だ。

 半開きの唇から漏れる甘い吐息を胸いっぱいに吸い込む。自分の口付けで彼女が目を覚ますのだと思うと胸が高鳴った。顔を近づける。
 唇と唇が触れ合うかと思われた瞬間、彼の動きが止まった。
 (……なにも今すぐに目覚めさせる事も……)
 もはや最大の脅威たる魔女は排除したのだ。時間はたっぷりとある。彼の嗜虐心がムクムクと頭をもたげてきた。
 (絶対に目覚める事の無い意識の無い女を弄ぶのも一興か)
 少年の純粋な心を踏み躙った報いだ。自分には、自分にだけは許される報復だ。彼は自分を納得させるとその意を決した。


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