〜 国語・精読 〜-1
〜 29番の国語・精読 〜
カッ、カッ、カッ。
ピカピカに磨かれた黒板に大書される『解釈』の文字。
「テキスト『現代文精読』を開きなさい。 55ページから62ページまでを黙読して、みなさんには、そのあと私の質問に答えていただきましょう」
「「ハイ!」」
問題集形式のテキストを開き、大急ぎで目を走らせる。
12号教官が与えてくれる時間は1ページにつき30秒のみ。 元々国語が好きで多読だった私でも、時間制限はかなり厳しい。 読めと言われたら読むけれど、目が血走るのは避けられない。
カッ、カッ、カッ。
『起承転結というよりは、序破急が相応しい展開です。 作品の段落構成、描写の形容、暗喩や直喩をみつけたら、いつもみなさんに言っているように、三色ボールペンで印をひきましょうね」
『序』『破』『急』『段落』『形容詞』『暗喩』『直喩』…作品を解釈する上で手助けになる項目が次々板書されてゆく。 目は作品を流し読みながら、チラと黒板を垣間見て、手は板書をノートに写す。 我ながら器用に同時並行していて感心する。
……。
『現代文精読』から選ばれた『評論』は、タイトルが『生々しい性』といって、メスのチツマンコを論じた文章だった。 内容は『性器という取り繕った表現は、体内を見られる罪悪感を薄めるためであり、女性がもっている原罪を隠す働きがある』という、よくあるテーマだ。 古典に属する評論なので、『牝』ではなく『女性』という懐かしい単語が散見する。
「神話にてアダムの肋骨、あるいは男性器の包皮からつくられたとされる女性は、男性の精悍なる肉体と異なり、過度な脂肪と薄い体毛に覆われた肉体および、子宮まで一貫して外気の浸透を許す肉壁をもつ。 体内に繋がる臓器を常に外気にさらす過程で、牝臭、いわゆるメンスを周囲に散布し、滴る性感の淫水を留める術は存在しない故に――」
『脂肪』『牝臭』『淫水』…これらの単語に線をひく。 テーマが女性の原罪なのだから、女性が備えたとされるこれらの要素が、いずれ話題に上るはずだ。
「――ペニスにより拡張される場合、男性の視線は自己のペニス及び膣の入口に注がれる。 その間は辛うじて赤褐色に色づいた自身の肉壁も、バルトリン腺から分泌される多量の白濁も、自身が淫らに欲情している事実すらも隠し通すことができる。 なによりもペニス、オマンコという表現を使用せずに『性器』という単語に一括することで、あたかも自分の劣情で充血したオマンコと、硬度をもつための必然として血を溜めこんだ海綿体・ペニスを同列に扱うことになる。 これは単なる自己欺瞞に留まらず、生殖に関与するという一点以外全く共通点の無いペニスに対する、オマンコの僭越な態度を示す。 21世紀が女性の世紀だからといって、男性の性器と同列に並ぶわけには、決していかない所以といえよう」
『僭越』『欺瞞』…著者の主訴をあらわす熟語にも線をひく。 どうやら最後にきて、著者の主張らしきものが見えてきた。 ほっと息をつき、内容を頭から反芻する。 性器という表現に込められた私達の原罪をテーマに、これから問われるであろう質問に思いを巡らせる。
「そこまで。 テキストを閉じなさい」
「「はい!」」
パタパタ、パタリ。
教室中で教科書を閉じる紙ずれの響き。
ここからは12号教官の質問に即答する時間だ。 1つの質問に対し、与えられた解答時間はたった10秒。 番号を当てられたら即座に直立、まっすぐ視線をあげて答えなければいけない。
「女性の肉体的特徴について、簡潔に述べなさい。 20番」
12号教官は『質問内容』の次に『番号』で当てるため、教室全体から緊張感が抜けない。
「ハイ! 脂肪が厚く、体毛が薄いです!」
「簡潔に過ぎます。 もう少し細かく」
「っ!! は、はいぃっ!」
返事が半オクターブ上擦る20番。 12号教官がコンソールを操作し、首輪を一回り細く締め付けたのだ。 20番は、まるで亀が首を伸ばすように、尖った顎をつきだしている。
「せ、精悍で筋肉質な男性とことなり、脂肪が厚く体毛が薄く、生命として無様です!」
「多少文章に無い表現がありますが……よしとしましょう」
「ぷはっ……ありがとうございます!」
肩で息をつきながら、20番は腰をおろした。 顔は青ざめていて、おそらく返答している間、まったく息は吸えていなかったんだろう。