『越えるモノ達〜始まり〜』-3
ローシュは廊下の先にある扉を開けて部屋の中に入る。床には巨大な魔法陣が描かれており、部屋の四隅と中央に蝋燭が炎を静かに揺らしながら立てられていた。そして魔法陣を取り囲むように12人のローブに身を纏った人間が聞き慣れない言語を発していた。
その中の一人にローシュが声をかける
「メイファ。どうですか?」
声をかけられてからメイファは一礼するとフードをとった。途端に少しカールのかかった燃えるような紅い髪がフワリと揺れる。
少しあどけなさの残るその顔を見ると、まだ大人とは言えないが、数年もすればかなりの美人になるだろう。メイファはその美しい顔に微笑みを浮かべると
「はい。じきに“扉”を開く“鍵”も見付かるかと」その答えに満足したのか、「では祈りを続けて下さい。また来ますので。」
それだけ言って部屋を出ていった。
自分の部屋に戻ってきたローシュはフードを外す。真っ白の絹のような髪がサラサラと流れるように下りる。整った顔立ちで優しげな瞳をしている。また国の重鎮の割にかなり若いようで、まだ二十歳を過ぎたばかりのカインと同年代に見える。椅子に座り、使用人に洋酒とグラスを持って越させてから
「今日はもう、一人にしてください」
そういって使用人を引き払う。特に珍しい事でもないようで
「承知いたしました。また明日に伺います」
と立ち去っていった。
一人になった途端、ふと風見が言っていた事を思い出し、嘲笑する。
「危惧すべきは更來国でもディードラ連邦でもないですよ。本当に危険なのは…」
そう独り言を呟くとグラスに洋酒を注ぎ、それを一気に飲み干す。まるで不安を掻き消すかのように…
翌朝、使用人がローシュを呼びに来た。
「おはようございます。本日は会議でございます」
すでに準備の整ったローシュだったが、
「ありがとう、行ってくる」
と声をかけてから会議へと出かける。
政務議事堂は城の隣に建てられており、政務や会議などは総てここで執り行われていた。ただローシュは正直、会議に乗り気ではなかった。どうせ内容は解っている。またニ大国への対応とやらだ。そして答えは出ないのだろう。そんな事よりも他にする事があるのでは?まして対策はもう終わっている。しかし他の出席者は私の対策案を一度却下している。まぁ、だからこそ会議は続いているのだが…しかしそんな心中を見せまいと、いつもの平静さで静かに議席に着いた。
静かに、だが確実に世界は動き始めている。
だが、この時点で気付いている者はまだ少ない。
END