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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 4-7

 シェシウグル王子は言いたいことだけ言って満足したようで、エイにそれ以上追及してはこなかった。

「まあいい。とりあえずベルに預けて、本隊の誰かに迎えに来させよう。それからあの家の者たちごと保護すればいい。皆北ナブフルの民だ。侍女と二人きりで外国の騎士団の真ん中に置かれるよりはマシなはずだ」

「ああ、そういう……」

「あの幼王子はさほど神経質な性ではなさそうだが、親を亡くして日も浅い。十分に配慮してやらなければな」

 一足飛びにアハトに二人を連れて行かせない理由を聞かされて、エイは感心した。

「優しいんですね」

「基本だぞ。人の心を慎重に扱うのはな。回りまわってこちらの得になる」

「得……」

 なるほど、『得』か。エイは思った。そういう考え方もできるのだ。

「俺が優しくないという意味じゃないぞ。誤解するなよ」

 深く納得する様子に懸念を抱いてか、シェシウグル王子はわざわざ補足した。エイは苦笑して頷いた。


※※※


 廃屋の女たちは、幼い王子とその侍女に恐縮しながらも、彼らを匿うことを快諾した。
 数日しのげば味方の軍隊が保護すると請け合うと、怯え疲れた彼女らの表情にも希望の色が浮かんだ。

 去り際、エイはベルが今にも泣きだしそうな、すがるような目で自分を見つめているのに気付いた。
 ……気付いた、といってもシェシウグル王子に腕をつつかれてからのことだ。
 うながされてもどうすることもできず、彼は軽く頭だけ下げて背を向けた。


 家をあとにして、しばらく歩いた頃。

「お前それ、どうするんだ?」

 シェシウグル王子は、アハトがベルトの物入れに収めたものを指して質した。
 別れ際に玄関先でアハトを呼び止めたセリス王子が、自分の荷物から選んで手渡した品だった。
 日持ちするので非常糧食にもなる、甘い焼き菓子の包みである。
 囚われの身から連れ出してくれた謝礼に、ということだったが、アハトが素直に受け取ったことにシェシウグル王子もエイも少し驚いていた。
 要らないものは要らないと、空気も読まずにはっきり拒絶するのではないかと二人とも危惧していたのである。
 このときも、受け取ったまではいいがポイと捨てる気ではないかという二人の懸念をよそに、アハトはあっさりと答えた。

「後で食べます」

「食べるのか!?」

 エイと王子は意外な返事に思わず顔を見合わせた。

「?」

 アハトは怪訝な顔をした。

「今は空腹ではないので、後で」

 二人の驚きの意味がわからなかったのだろう。彼は的外れな答えを返した。

「そうか、食べるのか……」

「欲しいのなら分けてもかまいませんが」

「いやいや。セリス王子の気持ちだ。受け取ったお前が大事に食え」

 手を振って固辞する王子に、アハトはますます訝しそうに眉を寄せたが、

「……そうします」

 結局そう頷くにとどめた。理由を訊くのも面倒だ、と思っているであろうことがありありと伝わってきて、エイはひそかに苦笑した。

「ところで、僕たちはどこに向かっているんですか」

「とりあえず西だ。山岳地帯を抜ける」

「……」

 エイは続きを待ったが、シェシウグル王子はそれ以上計画を話そうとはしなかった。

「あの、」

「言っておくが、お前は俺の捕虜なんだからな。作戦上余計なことはしゃべらんぞ」

 突然突き放された気がして、エイは目を瞠った。
 親しげな態度に乗って自分の立場も忘れてしまっていたのだ。シェシウグル王子はさぞ呆れただろう……彼は恥じ入って身を縮めた。

「す、すみません」

 うつむいて、消え入るような声になったエイに、王子は少し口調を和らげた。

「簡単に謝罪するなと言っただろう」

「確かに言われましたが……」

 あれと、これとは違う気がする。以前口走った謝罪は、確かこの王子の部下を斬ったことに対するものだった。
 口ごもったエイに、王子は言った。

「なぜそう言ったかわかるか」

「それは……公弟の僕が簡単に謝罪しては、国家の賠償に関わるから……」

 その責任感の無さをとがめられたのだと、彼は受け取っていた。
 ……違うのだろうか。

 先程目の当たりにした北ナブフル王子の決意にエイは胸を打たれていた。
 あんな小さな子供が国家と国民を気づかい、王家の責任に向き合っているというのに、自分はリアに言われるまま戦ってきただけだ。彼に疎まれ殺されるのを怖がって。
 もちろん、世継ぎの王子と末っ子という違いはあるが、この場合それは問題ではない。
 問題は、エイが祖国のことなど一片たりとも考えたことはなかった、その事実。
 生まれる時と家を間違えたのだ。エイはつくづくそう思う。

「そんなことは後の話だ」

 だが、シェシウグル王子は顔をしかめた。

「簡単に謝るということは、相容れない強い信念のもとに殺したのではないという意味だ。無意味な死だった、死ぬのはお前でなくてもよかったと、言っているのと同じなんだ」

 彼はきっとエイの目を見つめた。

「死者の矜持を奪うな」

「死者の……」

 エイは眉を寄せた。
 これは信仰の……死後の意識の話なのだろうか。だとしたら自分には理解できない。
 そう、考えることを放棄しかけたエイを遮るように、シェシウグル王子は続けた。

「むろん死者本人は何も思わないぞ。死んでいるからな。だがそれは遺族のなぐさめになる。……奪わないでやってくれ」

 今度こそエイは黙り込んだ。
 この王子の言葉は、なんとわかりやすいのだろう。
 なんと……人間らしいのだろう。


※※


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