3-1
「入るよー?」
一分もしないうちに朱莉が寝室に入ると、ベッドの前で自らに背を向けて直立している春斗が視界を占領した。
「じゃあ、朱莉。ベッドに寝てくれる? 服は……寝てからでいいよね?」
春斗はベッドに膝立ちで乗ると、掛け布団を軽くめくる。拘束具の足枷の部分がちらりと見えた。
「ほら」
差し伸べられた春斗の手を朱莉は掴む。瞬間、全体重を動員して春斗を押し倒した。
「え゛?」
突然襲った衝撃に、春斗はそれほど長くない人生史上で出したことの無い声を上げて、ベッドの上に仰向けで転んだ。その上から朱莉に覆い被せられる。
「え? え? なに?」
混乱の極地にある春斗を無視して、朱莉は彼の四肢を拘束具で固定する。
「さて、準備オッケーね」
朱莉は自信に満ちた笑顔で立ち上がる。彼女の眼下には拘束された手足をにジタバタともがかせる、愛する彼氏が転がっている。油断した、と言うほどではない。そもそも警戒する必要がなかったからだ。誰が大切な彼女に押し倒されることを想定するというのか。
「朱莉……なんのつもりだよ」
平静を取り戻しつつも、完全に混乱から脱しきらない春斗は少し声を上ずらせて、高みから自らを見下ろす存在へと抗議する。
「たまには、私が虐める側になってもいいよね?」
「えぇ!?」
その発言に再び春斗は混乱する。朱莉はそれを意に介せずに言葉を続ける。
「前は好き勝手に虐めてくれちゃって、すっごい恥ずかしかったんだよ? 春斗くんもこういうの共有しようよ、付き合ってるんだし」
「あ、あの……朱莉さん、あなたこんなキャラでしたっけ?」
「こんなキャラにしてくれた春斗くんには感謝してる」
「俺のせいかよ! 何やってんの俺!」
「コーヒーの事についてもバカにして……」
「それまだ根に持ってたの!? 心せまっ、あんたの心の広さ、押し入れぐらいだよ!」
キレの無い突っ込みを無視して朱莉は春斗の身体に跨り、彼の唇に自らの唇を重ね、舌を口内に侵入させる。
「ちゅっ……春斗くんの唾液、甘いね。大好き」
「わかった、わかった。もう観念する! 今夜は俺がM役やってやるよっ。ただし、今回だけだからなっ」
ほとんど負け惜しみに近い台詞を吐いて春斗は目をぎゅっとつぶった。その上からアイマスクが被せられ、春斗の視界を暗黒に叩き落とす。
「一杯虐めてあげるからね」
そう言って朱莉は軽く春斗にキスをして、熱い夜が始まった。それは熱さこそ普段と変わらなかったが、変わらなかったのはそこだけだった。