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触れる体は康介のものではなかった。竹邑には悪いが、ひょっと康介のならばもっともっと気持ちよかったかもしれない。だが朝になっても処女を失ったことへの後悔は全くなく、康介以外の男はゴミだという思い込みも薄れていた。竹邑のお陰だと思った。
「あんた……、そんな……」ショックに言葉を失っていた由香里だったが、はたと気づき、「……てか竹邑って誰だよ」
由香里は親友が自棄になってそんなことをしでかしたと案じているようだ。だが安心してほしい。
「康ちゃんのこと思い出すと、まだ泣きそうになっちゃう。今も泣きそう。すごく辛い。……でもユッコの言う通り、康ちゃんだけが男じゃないっていうのはよく分かった」
惑っていた由香里だったが、彩希が真顔で言うものだから、自分がそう忠告した手前頷くしかなく、
「そうだよ。……だから竹邑って誰だよ」
「雇い主」
「は?」
「竹邑さん、歯医者さんだった。処女あげた代わりに、歯科衛生士にしてって言ったの」
「……は?」
「資格ないからダメだって言われた」
「……そ、そりゃそうだよ……」
「でもスタッフなら病院で雇ってやるって言われた。金髪でも日灼けしててもいいって。でも化粧と服装はもっと大人しくしろ、だって。歯科助手の資格取るための通信教育なら受けさせてくれるって。……衛生士の専門学校行くお金も出してって言ったけど、それは自分で何とかしろって言われた。衛生士と助手の違い教えてくれたよ。いい人でしょ? よくわかんなかったけど」
メチャクチャだ。つまりバージンを捧げて職にありついたことになる。体を売っているのと変わらない。しかし普通なら叱りとばすところだが、彩希の顔は憑き物が落ちて妙に晴れやかで、小言を言ってこれを濁したくないという気分にさせられる。
「……ユッコ」
「ん?」
「男って可愛いね」
なんだろう。もともとちょっとアレな子ではあったが、一晩のうちにまたおかしな方向でアレになってしまったのか?
しかし昨日ファーストフード店で取り乱していた彩希よりもよほどマシだったから、
「……まあ男なんてみんなバカだからね」
二十歳そこらの女どうし、人生を達観したように話し合うのも気恥ずかしい。彩希は小さく笑って、
「色んな男の子、経験したら……康ちゃんのこと、辛くなくなるかもしれないね」
思い出したのだろう。彩希の瞼から涙雫が溢れると、由香里はもはや昨晩心配させた上に無茶をした彩希に苦言を言う気はなくなり、泣き顔を擦りあわせて抱き合った。
彩希が「可愛い」と気づいたのが、男という存在そのものではないことを、由香里は知らない。