K-7
5月になってから、色んなところでライブを演らせてもらっている。
いつものスタジオの佐藤に言われた『音源100枚売れたらCDを出す』の約束。
1週間で売れた、と反省会と調整のためにスタジオに訪れた時に言われた。
世に出すとはいえ、インディーズだろうけど。
その時は洋平も海斗も大介も黙った。
「…どうかな?他にも欲しいって言う人がいて、ダビングしまくったんだよね。Hi wayはそれくらいの力あるし…。俺らは場所貸すくらいしかできないけど、なんだったら音楽会社、紹介するし…」
嫌なわけじゃない。
むしろ嬉しい。
「女ボーカルってとこがまた売りだと思うんだよね。今じゃ男だらけのバンドが多いからさ」
佐藤さんがそう言ってくれるのは本当に嬉しいけど……。
「俺ら」
沈黙を破ったのは大介だった。
「もっとライブがやりたい。世の中、こんだけ売れたって言ったって一部にすぎないし。だったら、他のとこでもいっぱいライブして少しでも俺らの事知ってもらいたい」
「だから…」と大介は続けた。
「待ってるんなら俺らが行く。直の音で評価してもらいたい」
先週、ここのスタジオでいつものように練習をしていた。
洋平がエフェクターで遊び、陽向がそれに合わせて歌っていた時……大介がいきなりそれに同調し始めた。
ノリノリになっていると海斗もすかさず入ってきて、瞬く間に渋い曲が出来上がった。
「あははは!ちょーいいじゃん今の!…てかさぁ」
大介が言った。
「即興で出来るくらいだったら、いっぱい曲できんじゃねーの?俺ら今んとこ10曲くらいしかねーし」
「んー…そだね」
「とりあえず色々作ってみちゃう?」
洋平がケラケラ笑いながらクリーントーンでアルペジオを奏でた。
「俺、思うんだけど」
大介はニヤッと笑った。
「一回、レコーディングしてみない?」
その提案にみんな固まった。
「え、そんなのどこでやんの?」
「ここで出来るよ」
「うそっ?!」
「わりと仕切ってるくせになんも知らねーのな、陽向!」
「悪い?!」
「悪くねーけど!佐藤さんとこの前その話になってさ、みんなで話し合ってから答え出すって言ったんだよね」
「へー!いーじゃん、やろーよ!」
洋平はノリ気だ。
「俺もいいと思う。楽しそうだし」
「陽向は?」
「あたしは…」
陽向が迷っていると、洋平が肩を組んできた。
「迷ってるくらいならやった方がいーって!今んとこライブの音源くらいしかないしさ。キレイに録ったらまた違う考えとかもあるじゃん?」
「そー、それ!ライブの音源だけじゃ音がゴチャゴチャしててわかんねーんだよ。それに、俺らの今の技術を知る上でも、レコーディングで試すのもアリかなと思ってさ」
「…そっか。じゃあやろう!いいの創れるといーね!」
「うし、じゃあ佐藤さんに帰るとき言うか」
そんな軽いノリで始まったレコーディング。
ほぼ毎日スタジオに行ってあーでもないこーでもないと言っていた。
日勤の日は21時頃にスタジオへ行き、バッグバンドの音を聴いて歌のレコーディング。
ライブの時もそうだけど、レコーディングをする時だって『今は自分が一番輝いている。誰にも文句言わせないし、自分のやりたいようにやる。好きに歌う』と思いながらやる。
何か言われたら、すぐさま直すけど。
でも音程の調節くらいで他は何もなかった。
ボーカルってこんなもんで済むんだ…とさえ思った。
だから逆に聴いていて気持ち悪いところがあれば自ら意見して録り直しさせてもらったり…。
そんなのが21時から続くもんだから、終わるのは2時くらい。
「ごめん…こんな時間になっちゃって」
「へーきへーき!陽向がそーやって色んなことにこだわってくれるの、すげー嬉しいよ!」
洋平はニコニコしながらギターを背負った。
「ホント。陽向が言ってくれなきゃスルーされちゃうトコもあるし。サビんトコの録り直しも、あー言われっかもって思ってたもん」
「陽向は本当に周り見てるよね。俺もイントロがソロで入るトコ、すっごい気になってたんだ。でもこれでいーっしょって言われてちょっと悲しかったんだ。陽向はそこまでも指摘してやり直させてくれたし…」
帰り道、3人が楽しそうに話す。
「俺、あの時陽向が『ここの入りは違うからもう一回海斗にやらせて下さい』って言ったの、ずっと忘れない」
海斗は黒ぶちメガネをクイッと上げて陽向に微笑んだ。
黒髪のマッシュショート。
高校の時から思ってたけど、痩せ型で大食いで、でも天然キャラで面白い。
海斗は職場じゃモテモテなんだろーな。
「なにそれー!かいくん自分で言いなよ」
陽向は最近、海斗のことを『かいくん』と呼んでいる。
「俺そーゆーの言えないし…。陽向はズバッと言っちゃうじゃん?」
「んー、まあ気になるからね」
「はははっ!それそれ!」
大介が爆笑する。
「それなんだよ。俺らに足りないの。もっと貪欲にならないと。別に売れたいとかそーゆーんじゃねーけどさ、やるからにはミスとかうやむやになってることなくさねーと」
そんなこんなで始まった5月からのレコーディング。
それからが過酷だった。