K-10
「あ、陽向ちゃんはこっちのブースね」
「え?」
無機質な部屋に通される。
テレビなんかで見たことのあるマイク的な何かと、音量なんかを調節できる機械と……椅子。
「これに向かって歌っちゃって!あ、音はここから聞こえるから」
そう言って佐藤はヘッドホンを陽向に渡した。
え、これ聴きながら歌うの……?
陽向がポカンとしていると、佐藤は「あははは!らしくないしー!」と笑って陽向の肩を叩いた。
「大丈夫。ライブっぽい音にも出来るから。調節なんか後からいつでも出来るし、思うように歌って」
「ハイ」
佐藤は一通り説明した後、スタジオに洋平だけを残した。
「ギターから録るから」
そこから先は未知の世界すぎて全員しどろもどろだった。
でも、1時間もすれば慣れてきて、あーでもないこーでもないと言いながら何回も何回も録り直しをした。
やっと音だけ録り終わったのが1時。
「後は歌だけ」
「陽向、へーき?」
「なんか同じの聴きすぎて頭おかしくなりそう」
「たしかに!」
大介がケラケラ笑った。
「よーし!いってきます!」
陽向は小さい部屋に入った。
ヘッドホンを押し当てる。
無の音。
ライブを思い浮かべる。
あの時はこうだった……色んな人の表情が浮かぶ…ドラムの音と響き渡るギターのキャッチーな音、輪を統一させるベース。
全てはこの歌のために創り出された音。
イントロが流れ、綺麗に整頓された音に涙が出そうになる。
こんな風になるんだ……。
歌わずにはいられなかった。
ブースの中じゃ一人だけど、目を閉じたらバンドメンバーがいた。
汗と涙で滲んで見えない景色が今となっては見える。
あたしが伝えたいことは、ここで生まれて色んなところへ行く。
良くも悪くも、色んなところへ。