窓際の憂鬱-2
坂道を下る。
ここから見ると、西日に眩い海は港の周辺より高く見えるのになぜ波に呑まれてしまわないのだろう?
頬に潮風を受けて、そんなバカバカしい事をふと思う。
その海もずいぶん低い位置まで減った頃、彼女をみつけた。
自転車を降りて窓の脇まで来て、急に自分がずいぶんと「おせっかい」な事をしようとしてるような気がした。
あの女の人は私が嫌いだったらどうしよう?
まだ話した事もない人を嫌いという事はないだろう。
だけど八百屋のおばさんはこの人が嫌いなようだった。
また、私が好感を持たれるという根拠もどこにもないのだ。
「あの、これ・・・」
「なに?」
やぶからぼうにニンジンの入った袋を差し出されると、きっと誰だって困る。
「どこか悪いの?」
彼女は私とニンジンを見比べるとクススと笑って「ありがとう」と言った。
その声は実際には聞こえず口の動きを見て、そう聞こえたのだった。
彼女は白い額でしばらく私の顔を見つめていた。
こんな風にして、彼女はいつも海を見つめているのだと思った。
何か飲むかと訊かれて私は妙なところで遠慮する。
うちの中にはテーブルと木箱があって彼女はそこに座るよう勧めた。
テーブルは窓際に置かれた椅子とお揃いで、おそらくはこのテーブルには椅子がひとつしかないのだと思う。
彼女は立ったまま、普通より長いタバコに火を灯す。
コーヒーのカップはテーブルにふたつ。紫の煙がタバコから細く立ち上る。
私の思う線香臭くない世界とはこういう事じゃないかと思った。
ムダにお茶を飲んで細い煙をたちあげる・・・外からは潮の匂いと防波堤に打ち付ける微かな波の音。
「どこの子?」
「仏具屋の・・・花澤・・・」
あぁっと彼女は口だけ開く。化粧気はないのに口紅だけが真っ赤だった。
「ねえ、どうして海ばかり見てるの?」
「海?」
「そう、いつも海ばかり・・・」
「そうね・・・見てるかもね。」
昨日と同じ裾まで丈がある白い服を着ていた。
その先から、わずかにはみ出した足の指先が丸くて小さい。
そこに「よお。」と窓から顔を覗かせた中年の男性が来た。
髪には白いものが混ざり、その先の方は短く空へと逆立っている。
彼女は窓際に駆け寄って、何か二言三言囁いていた。
「お客さんだから・・・」
席を外してくれ、とか帰ってとかいう意味だったのだろうけど、私にはそんな事すら察する事はできなかった。
男性はうちの中に入ってきて、私をちらりと見る。
そうしてそのまま、彼女に窓際へと引き込まれ、褪せたピンクのカーテンでそこは仕切られてしまった。
「あふん・・・んっ・・・」
そんな声と湿った音が重なり合って、とり残された私はいたたまれない。
いくら私でも向こうで何をしているのか見当がつく。
テーブルの上のコーヒーを半分ほど飲み、私は部屋を後にした。
今まで一度も味わったことのない、薄くて苦い味がした。