部長と刺客と冷静男-16
うわぁ何か悪夢だ。悪夢が現実を浸食してる。
『と言うかこの放送は文学部以外には関係ない話なので、気にせず談話なり読書なり、各々のしていたことを続行してくれ』
皆、何事もなかったかのように元に戻った。
おかしいだろオイ。気にしろよ。
『でもって緊急連絡だ。文学部員は今すぐ光より早く部室にきたまえ。以上』
それだけかい。わざわざ放送を使うほどのことではない。聞いていなかったことにして無視しようか。
『ちなみに、おそらく心の中でツッコミに忙しいサボろうかどうか迷っている栗花落くん、来ないと君の特殊な性癖をバラすので心しておくように。ふふ、本当に顔に似合わず……。しかしこれが全校レベルの羞恥プレ、あ、いや失礼。何でもないので先生方は気にしないでお勤めの続きをどうぞ。文学部は青少年の健全な育成を支持していますので。――では栗花落くん、早めにね?』
放送は終わった。クラスはざわついた。
うん、よし、すぐに行ってやるか。
クラスのやつらの視線も痛いし、僕は全速力で教室を飛び出した。
目指すは部室。自己最速で廊下を駆け、自己最速で到達し、自己最速で戸を勢い良く開く。
「あ、来た来た。もうすぐ部長も来て最後だね」
なぜか部室には先につばさがいた。それどころか教室内を見回すと、確かに長谷部以外はいた。僕は放送が終わってすぐ全力で駆け出したのに、だ。なのに何事もなかったかのように先にいて、あまつさえ息を切らした様子もなく座っているなどありえない。
「不思議? 気になる? 答えはコレだよー」
そう言ってこちらに掲げるように差しだされているのは、携帯。どこからどう見ても携帯。
「昨日のうちに連絡が来たんだー。明日の昼休み部室に集合、って」
「……は? 連絡なんて来てないぞ?」
記憶違いか。しかし確かに無かったはずだ。
頼りない頭で必死に思い出そうとしていると、後ろから肩に手を置かれた。誰だと振り返れば、
「はは、あの放送がしたかったから栗花落くんには電話していないよ。やはり皆に己の言葉を響かせるのは快いね。ところで座らないのかな?」
「……」
うわ本気でウザい。
もう疲れた。怒る気力もないのでおとなしく座ることにした。
「で、だね。実は愉快な昼休みも時間が残りわずかなだから単刀直入に言うが、昨日はあれからひとつライバルとなる部が減り、新戦力も加わったよ」
「新戦力ですか?」
普通、注目するのは部が減ったというところではないのか。
「うむ、――崎守・刀夜くんだ」
むせた。つばさや遠矢は誰だか解っていないようなので、説明もかねてツッコミを入れた。
「って昨日のあいつじゃないかっ。どうしてそうなるんだよ」
「ふふふ、少々痛い目を見てもらったのさ。ついでに彼をけしかけた部はちゃんと聞き出して、それとなく天誅を下しておいたから安心してくれたまえ。今頃はまんじゅうに怯えてるだろうね」
「うわぁ……」
もはや何でも有りか。そうなのか。
「あれー、でもその崎守くんですか? まだ来てませんよ」
「ああ、彼には新入りの役割である皆の飲み物を買いに行ってもらっているよ。もちろん代金は彼持ちで。……しかし遅いね」
長谷部が眉を寄せてつぶやいた。昨日の今日で早くもパシリをさせられているのか。少し同情した。
「すすすすいません、遅くなり、――あ」
あわてたように駆け込んできた誰か、いや、崎守がつまづいた。そして持っていた缶がひとつ束縛を抜けて宙を舞い、
「ぐおっ!?」
放物線を描いて僕の額に命中。中身の詰まった重さに、一瞬頭の中で火花が散った気がした。
「あああ! すみませんすみません! わざとじゃないんですよっ」
そう言う崎守の声も頭に響く。
怒る気力もなく鈍く痛む額を押さえながら、また変なのが来た、と思った。
どうやら現実はそう甘くないらしい。
ひたすらすみませんを連発する崎守を横目に僕は天を仰ぐ。
神様、まんじゅうで人を脅迫する方法を教えてください今すぐに。
何でだろうか、とてつもなく泣きたくなった。
誰か助けてくれ!
(了)