部長と刺客と冷静男-15
「ふむ……」
一撃を入れてすぐ、長谷部はバックステップで距離をとる。
手応えはあったが、その反動は刀夜の見た目から考えれば軽すぎた。おそらく命中に合わせて自ら身を浮かしたのだろう、威力のかなりを削がれたと思っていいはずだ。
果たして刀夜は姿勢を制御して床を滑るように後ろへ下がり、倒れることはなかった。
もしただの拳か蹴りだと思い受け止めようとしていれば、支えきれず態勢を崩していたはず。しかし現実に、刀夜は後ろに跳ぶという判断を下して被害を抑えた。
「驚きましたね。寸勁というやつですか」
「……正解だ。さすが崎守というところか。予想とは少々誤差があるがやはり反応が早いね」
「いやぁ、予想なんてのは裏切るためにあるんだと父から教わってきたので。だから競馬で当たらないのも必然だ、って。たいていコレを言われた日は両親のケンカに発展しますが」
長谷部は苦笑。
「素敵な家庭だ。――しかし予想を下回るのはいい裏切り方ではないね。もう少し早いかと思ったよ」
短い沈黙がふたりの間に流れる。刀夜が少し固い声で帰した。
「……挑発ですか?」
「いや、君のお父上の流儀に合わせて予想を裏切ってみたのさ。実際は早いよ、予想よりも」
告げた言葉に刀夜はぽかんとし、意味が伝わったのか頭をかきながら、
「あー、……やっぱりさっきのは聞かなかったことにできませんかね? 我が家の汚点なんで」
「残念ながらすでに青春の1ページにしっかりと刻んでしまったよ。削除は不可で倍角太字斜体下線付き。すなわち永久保存用」
「うわあなた性格最悪ですねっ」
言いながら刀夜は先と同じように構えた。対する長谷部も同様に。
「簡潔に行こう。何事も程々で省かれるべきだと神も言っていてね」
「……また反応しづらい微妙な発言を。どんな神ですかそれ」
「神は神、さ」
もはや楽しい会話は終わりだ。刀夜も解っているらしい。それでも何か言いたげだったが、無視して沈黙する。
行ける、向き合える、勝てると前向きな言葉を自分に言い聞かせる。
せっかく最近は互いに馴染み始め絆も生まれてきたと言うのに、その愉快な場を壊そうとする者を許せる訳がない。皆が悲しい思いをするではないか。特に一年は皆、私に会えなくなったら涙枯れるほどに悲しむはずだ。そんなことはさせない。させるものか。
心の中で確かめる。皆どこかで応援してくれているはずだ。勝てば喜んで祝杯をあげ、下手すれば今日は記念日として記録されるかもしれない。そしてこの武勇伝は脈々と語り継がれ、全校が文学部をあがめ奉るだろう。
「あ、あの、何か怪しいこと考えてませんか?」
「……む。そんなことはないよ。私として当然のことを考えていたまでだ。よって怪しいことなど在りはしない」
なぜか刀夜は無言で半目だ。そして重い吐息ひとつで真面目な顔に戻って相対する。
仕切り直し。
数瞬の間を挟み、ふたりは同時に疾駆した。
次の日。
昼飯も早々に食べおわった僕は、自分の席で何をするでもなくボーっとしていた。
昨日は言われたままに家に帰った。しかし結果も知らされないうちに日付は変わり、今日も登校してから昼休みの今まで何の連絡もない。
そうなれば考え付く結果はひとつ。
「……負けた、か」
だとしたら、いっそのこと部も解散してみてはどうだろうか。そうだ、それがいい。
自分から辞めると後が恐ろしいが、解散ならばそんなこともない。ものすごく良案だ。
それに、そこまで行かなくとも負けたショックでおとなしくなっているかもしれない。奇人がひとり減るのは大歓迎だ。
まあそれも放課後になれば解る。
と、そこでスピーカーから放送が流れた。
『あーあー、テスッ。ただいまマイクのテスト中ー。これでいいかな。いいね? 後悔しないね? もう戻れないっ。――やあ親愛なる全校生徒諸君、ご機嫌いかがかな。文学部長の長谷部だ』
教室にいた皆の動きが止まった。