部長と刺客と冷静男-11
「……もっと他人が理解できるように言え」
「おやそうかい? 私としてはひとつひとつに子細な説明を含めてさらに一般的な単語を使うようにしてなるべく堅くならないように気を付けたのだけどね。ああ、しかし確かに。そう確かに。確かに私は不要な話も紛れさせているかもしれないね。けれどこれがまた複雑だ。君には歯牙にもかける必要のない無駄だと感じる挿話が、それでも私が話を送る上で限りなく有用に、例えば潤滑油のような役割を果たしているとなればそれは本当に不要として切り捨てていいのだろうかね? いや解っている、答えは是だ。それはもちろんのことさ。潤滑油など無くとも物は動く。それでもスムーズに行かせたいと私は思うのだよ。それにしても持てる想いに比べて言葉は少なすぎるね。ひとつひとつのズレは小さくとも、多用すればその分だけ逸脱してしまう。だから今もちゃんとこの思いが伝わっているか不安だよ。っとまた微妙に逸れてきたね」
「……もういい」
疲れる。長谷部の話が無駄に長いのはいつものことだが、実はわざとやっているのではないだろうかと最近思い始めた。
「さて、時間を浪費するのは好ましくないから話を始めよう。――ん、何か言いたそうだね栗花落くん」
「……別に」
「ならいいね。ぶっちゃけ何か色々と面倒になってきたらから、さっさと終わらせよう」
「……っ」
この憤り、どう対処すればいいのだろう。僕の胃に穴が開く前に誰か教えてくれ。
「ああ、そう言えば」
不意に何かに気付いたのかのように、長谷部がつぶやいた。
「栗花落くんはなぜここにいるんだい?」
脳内で血管の千切れる音が聞こえた気がした。
長谷部は答えを待っているようだが無視して、部屋の隅にあるサンドバッグを殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。
殴った。気の済むまで殴った。
「っ……はぁ、はぁ」
「急にどうしたのかな。準備も無しに、そんな普段やり慣れていないことをすると手を痛めるよ」
もう一度殴った。
とりあえず体を動かしたことで少しは落ち着いたので、息を整えて座る。
「まったく、訳が解らないね」
アンタほどじゃないから安心しろ馬鹿。
「まあいいか。おそらく栗花落くんも興味があるからここにいるんだね? そこの彼をけしかけた馬鹿どもに」
訂正するのも面倒、と言うか今の本音としては話をするのも嫌なので要点だけ聞く。
「けしかけた? どういう意味だ?」
「む、解らないのかい? どうもこうも、私が放課後の趣味である校舎徘徊をしていたら、ちょうど君たちに会ったあの教室で彼に強襲されたんだよ。文学部長だから、とね」
男子を見ると真面目な顔で首肯した。
その言葉が持つ意味。
それを考えて、その事実に驚きを隠しきれずに言った。
「……アンタ奇異な趣味持ってるな」
「ああ、そう誉めないでくれ。照れる。それと注目するところが違うよ」
誉めてはいないが、ともあれ取り上げるべき箇所が違うらしい。では、と前置きして冷静になり、
「……部長だからこそ、襲われた?」
そして思い出すのは、ほんの少し前にこの部屋で聞かされた話。
「つまり部費争奪戦とかいうやつの関係か」
「そう。部長だからと恨まれるような活動は文学部では、……ああ、したことがない、……はず。うん、おそらくそうだからね」
なぜ断言しない。憶えがあるのか。本当に質(たち)が悪いやつである。