軽井沢の女-1
上信越道の軽井沢インターを降り、町の中心部を抜け、村田の運転する車は旧軽井沢の別荘地に向かっていた。梅雨の中休みで快晴と言っていい青空が広がり、空気が澄み、妙義山や浅間山などがくっきり見えた。
裕福な階層の人間達が所有するこの別荘地は一区画500坪から600坪、なかには1000坪以上なんて所もある。古い時代からの別荘地なので、今どきの軽薄な建物ではなく、どの別荘にも長い時間を経て風格のある
立派なものばかりだ。区画を仕切っているのは高さ1m程の石垣でみな一面にこけが生えており、どの敷地も広大な区画の真ん中あたりに威風堂々と建てられている。小金持ちが一時の気まぐれで買うような安っぽい別荘ではない。
梅雨に入ってからの長雨で木々の緑は眩しく、今日の快晴の空の下ではより一層萌えている。
一番奥まった一画に村田は車を乗り入れた。こけむした石の門ぴを抜け砂利道を少し進むと、広い敷地の中に洋風とも和風ともとれる古びたそれでいてしっかりとした造りの建物がある。
砂利を踏みしめるタイヤの音を聞きつけて、立派な造りの玄関から女が一人出てきた。長身で細身のその女はノースリーブのタイトな白いワンピースを着ていた。ミニ、というほどのスカート丈ではないが、体の線がくっきりと表れ、彼女のスタイルの良さがよくわかる。にもかかわらず、決して生々しい色気ではなく、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気はそのワンピースにあった。
(昭和の昔に流行った服装だな)
村田は目を細めながらその女、″杉村鈴″を見つめた。特に村田は鈴の細いウエストが気にいっていた。
基本的に痩せ型の鈴は胸もそんなに大きくないが、そこがまた控えめ友感じがしていい。縄をかけるとうっすらと腹筋やあばら骨が浮かび上がり、きれいに鎖骨が飛び出る。胸の谷間からへそにかけてくぼんだ筋がまっすぐにできるのも無駄な脂肪がついていない証拠だ。笑うと縦長の大きなえくぼが出来て、ややたれ目の29才のわりには子供っぽい笑顔になる。これが村田の責めを受けて感じ始めるとなんとも悩ましい大人の女の顔になり、このアンバランスさ加減も見る者を刺激する。
週に3日は町のスイミングスクールに通って体型には気をつけているらしいが、そんな努力をしている鈴もけなげで可愛い女だと思う。
「お待ちしておりました。遠い所ご苦労さまです。」
鈴ははにかんだようなこぼれんばかりの笑顔で村田を迎えでた。
「やあ1ヶ月振りだね、いい天気になってよかった。これなら外でもできるな。」
車から降りた村田はしばらく見ぬうちに一段と美しくなった鈴をさらに目を細めて見つめた。
「よく似合っているねそのワンピース。ちょっとレトロチックだけど、それも真田会長の好みかい?」リビングへと通じる廊下を歩きながら村田は尋ねた。
「ええ、あの人は流行を追う女は嫌いでしたから。」
鈴は村田の後ろをそそと歩きながら答えた。
呆れる程広い庭が見渡せる広いリビングのソファーに腰を下ろすと、今お茶を入れますから、と鈴は奥に引っ込んだ。
リビングを見まわすと、適度に古びた広いリビングは隅々まきれいに掃除が行き渡り、部屋の隅に置かれたがっしりとした三角木馬や拘束台、高い天井から吊された木製の滑車は年季がはいり黒光りしている。おそらく鈴が毎日手入れをしているのだろう。
大手総合商社の会長だった真田が死去してもう2年になる。
一代でグループを築き上げてきた真田の秘書として村田は30年に渡って真田を支えてきた。村田を全面的に信頼してきた真田は社長から会長に移行する際、後任の社長に村田を据えようとしたが、当時の社内には社長の椅子をめぐって派閥争いが激化しており、そんなゴタゴタを嫌った村田は真田の計らいを断り、定年まで真田の秘書として仕えたいと申しでた。その事によりさらに村田は真田の信頼を得て、腹を割ってなんでも話せる会長と秘書、という立場を超えた関係だった。
その真田が病いに倒れ、いよいよ余命あとわずかというときに、村田は杉村 鈴という女の存在を打ち明けられた。