2.-3
「……ちょっと待ってて」
彩希はバイト先の同僚に電話をかけた。ユースとかプロとかの話はよくわからなかったから、サッカーの強豪校を卒業し、大学に進んだがケガに泣いて夢を諦めて北海道へ戻ってきている人へ話を聞いてみた。
「――えっ、黛さんって、あの黛クンのお姉ちゃんだったんだ!?」
事情を話すと驚いていた。黛なんていう苗字そうないのになとツッコみそうになったが、今はそれどころじゃないと自分を諌める。街のサッカー好きにも名を知られているくらいだから、康介は家族が思っているよりもずっと有名な選手なのだろう。
だが彼は、康介ならば誘われるのも分かるが、そう簡単な道ではないと言った。
「なんでですか?」
「本人も言うとおり、高校からユースに入れる子は殆どいないよ。……俺も友達も中学や高校でいくつかセレクションに申し込んで受けに行ったけど、一人も合格できなかった。テストを開催しても、合格者ゼロ、なんて普通にあることなんだよね」
「そうなんですか……」
電話を切ったあと、両親と康介にその旨を伝えた。
「知ってるよ、そんなの。でも向こうから受けてみないかって声をかけられたんなら、挑戦したい」
康介は口を尖らせた。だが両親はそこまで狭き門だとは思っていなかったようだ。……チャンス。
「とりあえずさ、セレ……、あれ? なんだっけ? ……入団テストっていうの受けてみなよ」
康介が彩希を向いた。自分と同じ睫毛の長い目に、援護をしてくれる姉への感謝が滲み始めている。そうそう、その目素敵。
「彩希、あなた、そんな無責任な……」
お婆ちゃんならきっとこう言う。彩希は呆れる母親へ笑顔を向けた。
「いーじゃん。受けるだけなら」
「でも……」
「ダメモトだってんならさ。受かっちゃったらラッキー、みたいな。こうやって深く考えたって、受かんなきゃ話になんないんでしょ?」
確かにそのとおりだったし、彩希の話を聞いた父母は「そこまで狭き門ならばどうせ受かりっこない」と思ったのだろう、とにかく受けてみるだけ受けてみたらいい、という結論になった。
「姉ちゃん……ありがとう」
廊下で康介がペコリと頭を下げたのを見て、可愛いなぁと率直に思ったから頭を撫でてやった。すると康介が起き上がり様に頭に乗っていた手を払う。そんな恥ずかしがらなくてもいいのにな。弟思いの姉だから、入団テストが受けられるように親を説得した――、ってわけではないことは薄々気づいているよね?
康介のことを良く考えるようにしようと心に決めて、それそのとおりに彩希はずっと康介のことを考えていた。真希のことよりも考えたのは、康介が男の子だから彩希の理解が及ばぬところがあったからだ。決して弟妹で差別はしていない。
康介が小学校六年生の時に、家にいてもボーッとしていることがあった。意識が散漫としている。どうしたのと訊いても要領を得ない答えしか返ってこなかった。サッカーの上達がうまく行かないのだろうか。何やら悩みがあるに違いない。何とか聞き出そうとしたが、康介はなかなか教えてくれなかった。
「……なぁ、姉ちゃん」
数日心配を続けていたら、風呂から上がって自分の部屋に向かおうとしていたところへ、康介の部屋のドアが少し開いて呼び止められた。ほらおいでなすった。何気ない表情を浮かべるも、悩み相談の相手に姉を選んでくれたことを嬉しく思いながら康介の部屋に入っていった。さあどうぞ、お姉ちゃん、何でも相談に乗ってあげる。
「……榎原さんって、付き合ってる人とかいるの?」
余裕ぶって康介のベッドに座っていた彩希だったが、康介の第一声を聞いて顔を強張らせた。つい最近家族でバーベキューに行った時に由香里もついてきた。高校で仲良くなった由香里が、幼い頃に父親を亡くしたことを聞いた母が「誘ってあげなさい」と言ってくれたのだ。だから康介と由香里は面識がある。しかしそれが?
「なんでそんなこと聞くの?」
「……あ、いや……」
なんて顔してんの? 彩希は思わず康介の両肩を掴んでグラグラと揺すりそうになるのを押しとどめた。康介は彩希の方を見ず、打ち明けたはいいが気不味そうにしている。
康介くん、噂どおり超カワイイよねぇ。
翌日学校で会ってバーベキューに誘ってくれた礼を改めて言ったあと、由香里は上を眺めて康介のことを思い出していた。
「なに? ユッコとなんかあった?」
「い、いや、何もないよ」
「ウソつくな。言わなきゃ、お姉ちゃん、ユッコに電話して聞くよ?」
「い、いや、やめてよ」
康介の様子を見ていると、明らかに何かあったに違いなかった。