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年上の男
【女性向け 官能小説】

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21.-1

《昼休み、屋上に来てくれないか。ちょっと話したいことがある。》

(…話したいこと…なんだろう…)
職場ではいまだに挨拶程度の言葉しか交わしたことがない次長からの、突然のメール。志織はほとんど上の空で午前中の仕事をこなした。

「お待たせしました…。」
「おう、急に呼び出して悪いね。」
「結構、いい眺めですね…。」
「あんまり屋上来ることないだろ。」
「滅多に来ませんね…。」
頬を撫でる自然の風が心地いい。ランチを求めて建物から出てくる男女の群れ。
「転勤することになってね。」
「えっ…。」
壁にもたれて遠くを眺めている次長の横顔を見つめる。
「札幌。」
「札幌…?」
「淋しい?嬉しい?」
「…淋しい、です…。嬉しくないです…。」
「今までのように、逢えなくなるね。」
「…ひどいです、急にいなくなるなんて…。」
「忘れないよ、きみのことは。」
「…私も忘れません、絶対に…。腹いせに、次長の恥ずかしい写真、ネットに流します…。」
「リベンジポルノ…?…どんな写真?」
「…いえ、ありません…。」
「フフ…じゃ、俺は腹いせに小説でも書こうかな。志織のこと。」
「…できたら、読ませてくれます…?」
「ああ、校正頼むよ。……後悔してる?」
「後悔は、してないです…。いろいろと、ありがとうございました…。」
「こちらこそ。愉しかったよ。」
「……。」
「彼氏とは、結婚するの?」
「…分かりません。」
「そうか。未来は未確定、か。」
「はい…すべて、未確定です。」
「そっちの方が、面白いよな。」


 たっぷりとお湯を張った浴槽に身体を沈める。こうして一人でいると、されたことや言われたこと、言わされたことや自分から求めてしまったこと、いろんな想いが光景とともに浮かんでくる。鮮烈な記憶。いまでも心の奥に、小さな炎が燃えているような。人生の一時期、年の離れた男性にどろどろに愛された記憶。誰にも知られてはいけない、二人だけの秘密。ほんとうのセックスを、教えられた気がする。モラルや、ルールや、打算や、恋愛感情にも縛られない、でもすべてを許し合った純粋なセックス。深いところに堕とされた、甘美な記憶。本来交わるはずのない、平行に引かれたはずの2本の線が、あるとき交わり、また離れていった。短期間でも、魂が溶け合うような交わり。後悔はしていないし、自分を責めたりもしない。私が得たものをひとに説明することは難しいと思う。目に見えることだけが本当ではないし、将来に対するぼんやりした不安や低い自己評価も気にならなくなった。身体に残された痕はもう見えないが、心の痕はいつまでも消えないだろう。
 
 そういえば、最近めっきりため息をつかなくなった。


                       了


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