淫靡なる楽譜-6
「あの男、昔と変わらぬな・・・相変わらずの優男だが 腕の方は鈍ってはおらぬか」
横に座る夫が膝の上で手を絡ませて感慨深げに呟く。
「陛下、あの者ご存知なのですか?」
「ああ。昔サルーイン打倒の旅の途中何度か会ったことがある。飄々としてはいるが、どこか奥ゆかしさを持っている。リュートを使わせればあのような見事な曲を奏でつつ、古今の伝説を語る吟遊詩人よ」
「吟遊詩人・・・・」
ディアナは改めて壇上の詩人を見下ろした。
曲は終わり、万雷の拍手の中に詩人がいた。座っていた椅子から立ち上がり、帽子をとって深々と頭を下げる。
それすら優雅な動きの集合体で、拍手の中にもご婦人方の溜め息が聞こえてきそうだった。
ディアナも手を叩きながら、詩人の動きを見つめている。
そして、頭を上げた詩人が不意に頭を横に向けた。
(えっ・・・?!)
高台にある貴賓席のディアナと詩人の目があった。
突然高鳴り始める胸を押さえるディアナ。
彼女の目には、詩人が微かにディアナに対して微笑んだような気がした。
¢¢¢¢¢¢¢¢¢¢¢¢
―――演奏会が終わり、続いて始まるは晩餐会。
本屋敷内のホールに観客席にいた人々が集まり、それぞれが楽しい一時に興じている。
―――ガヤガヤガヤ・・・・
―――ザワザワザワ・・・・
宝石のように輝くシャンデリアの下で、ディアナは夫の横に立ち、代わる代わるやって来る貴族達の挨拶を受けていた。
内心そろそろ飽きがきていたところなのだが、顔には表さない。これも王妃としての仕事なのだから。
だがディアナを含めこの場にいる貴婦人達の関心の的は、先ほどの演奏会で見事に彼らの心を掴む演奏をした吟遊詩人であった。
大勢の女性達に囲まれ、詩人は終始笑顔を絶やさず如才ない受け答えと 巧みな話術で彼らに応じていた。
正直なところディアナも彼と直に会ってみて、その顔を見、色々な話を聞きたかった。だが如何せん、自分の立場ではそのような自由な振る舞いもままならない。
いっそ彼の方がこちらに来てくれれば―――――
だが意外にも、その機会は早くも訪れた。
ディアナの心中に気付いたかのように詩人の方が周りの貴婦人方をかき分け近寄ってきた。
詩人はごく自然の流れで、ナイトハルトの前にひざまずく。